る――人間の意志に、
人間から与へられた絶対への屈服者だ、
そんな悲惨なことはない、
思ひ立つたらすぐ行動に移せ
あゝ、だが思ひ立ちさへもしない、
お前は人間とたかかはなければならない、
お前にも自由があるだらう、
それは然し小さな範囲のものだ、
お前の自由は――
人間の命令の中で飼はれてゐる、
我々は野や村をとぶ
かならずしも絶対自由ではない、
怖ろしい鳥や、嵐や、激しい羽もやつてくる、
ただ私はこれらの敵と
たたかひ勝たうとする、
これらのものとの勝負は
すべての実力を発揮して後にきまる、
君は飛び立たうともしない、
君の自由慾求の何と小さなことよ、
青空の下にあつて青空を知らずだ、
ヤマガラの宇宙観は
必ずしも人間の宇宙観には劣つてはゐない筈だ、
町のヤマガラよ
お前の意志は鳥籠の中にだけある、
スポリと上から掩いかぶさつたものは
人間の意志だ、
だからお前は人間を遁れることができない。
真に自由を愛するものは
自由をうばつてゐるものを
圧服するやうな
敵よりも幾層倍も大きな宇宙観をもて、
新しい世界の新しい秩序や調和や
すべて自由な
新しい生活がそこから始まるだらう。
失恋
たつた二人で日本の憂愁を見に
遠くの山の麓に行かう
折り重なつた緻密な樹の下に
じつとかがまつて語り合はう
貴女はたいへん淡白な恋心をもつていらつしやる
たゞながい間手を握り合つて
丁寧にお低頭をして別れてしまふ
なんといふ潔癖なあなたよ
どんどんと鳴つて霧が降りてきて
貴女の友禅模様のハッピーコートは濡れた
そして貴女の美しい肉体の眼が
萱の茎の中に隠れてしまつた
この世界には幻惑がない
霧の中の貴女の美の喪失であつた
私は痛い、私は追つて行かう
いつそ石の燈籠になつてしまひたい
私はいつも東洋を信ずる
たゞ私は恋を失つたときだけ心から東洋の滅亡を考へてみる
低気圧へ
争議に依つて
俺たちの職場はわきたつ
『同志、ズボンの釦がはずれてゐるぞ。』
『おーらい、おゝそして君の帽子もゆがんでゐるぞ。』
『おーらい。』
俺たちは微細なものに対しても
細心に注意し合ふ。
ゲートルをくつから巻き直し
帽子をキチンと冠り直し
腕を組んで、胸を張つて
今は行動に移るばかりだ。
* * *
その時、俺たちは工場の上の雲を見あげた、
飾りけのない白雲、
雲よ、俺たちの滋養分となれ。
俺たちは決してお前を天上の物とは見ない。
それは何時でも俺たちの
激しい闘争の頭上に
お前を認めることが出来るからだ。
* * *
雲は俺たちの味方だ
晴れた日、彼はじつと動かないが
少しも滞つてゐるものでないことを知つてゐる。
じつと見つめると彼は
明日の低気圧と合するために
実に激しく動いてゐることを。
母親は息子の手を
冷血漢のやうに
ものを言はしてくれ。
俺は母親といふものを知らない、
どういふ形をしたもので
どういふ風に、息子を愛するかを。
母の愛情に対して
息子はどう答へ可きかを。
俺の母は咳きこみ
咽喉をゴックリと言はし
枕元のコップに八分目程、
鮮紅色の、この世に これ程、
鮮かな色がないと思はれる程の色素を吐いた。
四歳の俺は素早くこれを見つけ
誰彼のみさかひなく
『母ちやんは、赤いものを吐いたんだ――。』
と吹聴すれば
父は怖ろしい眼をして
グッと俺を睨まへたらう。
いま全く俺には当時の記憶がない。
かなり俺が成長してまで
父は口癖のやうにかう述懐した。
『あの時、金さへあれば
お前の母親を殺さなくても済んだ――』と
こいつは父の素晴らしい常識だ。
母を殺したのは
稼ぎのない父ではなかつた。
おれ達貧乏人は、斯うして
ろくに医者にもかけられずに
死を早めてゐるんだ。
母を殺したのは父ではない。
ブルジョアの仕業だ。
俺は率直にかう敵を憎めた。
母とは一体どんな形のものか
俺はそいつを見たことがないんだ。
一九〇〇年三月
レーニンは追放され
彼はイヱニセイ河に沿つて
三〇〇ウェ[#「ェ」は小さい「ヱ」]ルストの路を
夜も昼も橇をブッ飛ばした。
レーニンは宿場々々で
母やクルプスカヤをどんなにいたはつたか。
母の『手温め』の中に
たがひに手を差入れて温め合つた。
今年も、三Lデーがやつてきた、
毎年新らしい情勢の中に
レーニンはピチ/\と
俺達の実践の上に生きて現はれてくる。
同志諸君
俺たちのレーニン
愛情の火のかたまり
彼が俺たちの解放運動の為めに
厳寒の雪野原を
まつしぐらに橇を飛ばして
ロシアに帰つた光景を
まざ/゛\と想ひうかべよう。
豊多摩刑務所で
同志佐野博の母親が
接見所で息子と話が終つたとき、
同志佐野の手をギューッと握つた。
その息子の手は氷のやうに冷めたかつた。
『お前、なんてまあ冷めたいんだ
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