小熊秀雄全集
―3―
詩集2 中期詩篇
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[表記について]
●ルビは「漢字《ルビ》」の形式で処理した。
●二倍の踊り字(くの字形の繰り返し記号)は「/\」「/゛\」で代用した。
●[#]は、入力者注を示す。
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●目次
謀叛|スパイは幾万ありとても|山雀の歌|失恋|低気圧へ|母親は息子の手を|代表送別の詩|才能を与へ給へ|散兵線|甘い梨の詩|マヤコオフスキイの舌にかはつて|新らしい青年へ|現実の砥石|慾望の波|善良の頭目として|高い所から|闘牛師|シェストフ的麦酒|それぞれ役あり|真人間らしく|相撲協会|この世に静かな林などはない|今月今夜の月|古城|僕は憤怒に憑かれてゐる|俺達の消費組合|甘やかされてゐる新進作家
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謀叛
――旭川の詩人達に贈る――
順鹿《となかい》の角をピシ/\打ちながら
氷の波の上を橇に乗つてやつてきた小さな集団を見た。
到る処に太陽の道はあるのだ
なにが真理で、何が真理でないとは言へないのだ。
自分の足音に驚ろきながら
自分の舞ひ立てる埃で顔を真黒くしながら
そつと掘鑿《くつさく》をしてゐる少数の者がゐる
私と君等はひそかに斯うして謀叛をしてゐるのが楽しいのだ。
おゝ、さうだ何事も秘密に、沈着に、根気よく
それぞれの真の種をまくことだ
更に進発しよう、勿論最後の一人まで。
スパイは幾万ありとても
『スパイは幾万ありとても
などて怖れることあらん!』
ブルジョアの歌も
かうして俺たちの側へ模様替へをして見ると
満更捨てたもんぢやねい。
奴等も何やかやと材料を豊富にもつてゐる、
だが鍋は完全に奴等から奪つた
コックが腕利きなら材料は生きるんだ。
仲間よ、元気を出せよ、
忘れるな、鍋がこつちにあることを
煮て喰はうと焼いて喰はうと
こつちの勝手ぢやないか
ただ煮ても焼いても喰へないものに
裏切者とスパイがあるだけだ。
虱をつぶす快感は
何も虱を殺すための楽しみぢやないんだ。
きのふ虱がプロレタリアの血を吸つた
今日その虱しみを
ピシリとつぶす快感さ、
『スパイは幾万ありとても
などて怖れることあらん!』
俺たちは煮ても焼いても喰へない敵を
虱つぶしにする許りさ。
山雀の歌
私はよく囀るヤマガラである、
私は自由を愛するヤマガラである、
私の野のヤマガラであつて、
自然の秩序を愛す、
天空に突入する一本の樹、
私はそのするどい尖端にとまつて鳴く、
私はするどい叫びに
ふさはしい世界を求めて
新しい野と、新しい林へゆく、
なんといふ私の小鳥と
周囲の調和の美しさよ。
自由よ、お前の正体は何か
自由と言ひ、自由の束縛と言ひ
町のヤマガラよ、
お前はその正体を知つてゐるか、
お前はそれを具体的に語ることができるか、
をそらく、それはお前には出来ないだらう、
ただ自由に囀り、自由に飛び廻るものが、
これらのすべてを知り、
これらのすべてを語るだらう。
町のヤマガラ、お前の芸当よ、
お前は人間の手に捕へられた、
そして怖るべき訓練が与へられた、
鳥籠の蓋をひらくと
お前はチュンチュンと鳴きながら
ここを飛びだして
小さな神殿の扉を嘴であける、
中からオミクジを咬へて
これを人間の掌の上に渡し
そしてお前は又もとの鳥籠の中へ帰つてしまふ。
お前の生活の全部がそれだ、
お前は自分の小さな体の
百層倍も大きな人間を
お前の可憐な芸当で養つてゐる、
お前、自由を忘れた町のヤマガラよ、
自由を忘れた人間のそのやうに、
与へられた習慣を
絶対的に考へてしまつた哀れなものよ、
町のヤマガラよ、
お前は鳥籠を離れた刹那に
お前は頭の上を仰いで見よ、
空はお前に行為を要求してゐる、
お前は飛びたつためには
羽をうごかさなければならない、
よしお前の羽が弱からうとも
自由を欲する努力がなされねばならぬ、
人間がお前に与へた秩序や習慣は
すべて人間に都合がよいやうに、
つくりあげられた秩序であり習慣さ、
すべて腹黒いものは
己れを肥やすために他人に
法文や秩序をつくつて与へる、
犯さうとするものは脅やかされる、
二度三度犯さうとする、
四度五度脅やかされる
するとお前のヤマガラは断念する
飛び立たうとしない
羽を忘れたのだ、
それからお前にとつて
俗に宿命と名づけれらるものが始まり
習慣と名づけられるものが続く、
すると人間はもう安心なのだ、
咬へギセルで
――さあ/\ヤマガラの芸当でござい。
と云ひながらお前の鳥籠の扉をひらく
その瞬間だ
お前が空へ飛ばねばならないのは
だがお前は飛ばない
チュン/\と鳴いてオミクジをとりにゆく、
お前の頭は何といふ悲惨な頭だ、
町のヤマガラよ
ミミズでさへも我々が捕へると
身をはげしくくねらす
嘴で三ツに切ると
三方に逃げようと努力するではないか、
お前は負けてゐ
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