おらあ、相撲を失業すると
死んでしまふわい』
君だけは特別な条件で
髷を切るのはゆるされた、
人を切るのが武士《さむらひ》ならば
飯を喰ふのはお相撲さんだ、
一個の弾が
空からふんわりとをちると
何米突四方かの煙があがる、
何米突四方かの利権が
君が朝飯の粥をさらさらやるとき
四人の百姓が腹をへらしてゐる
君は不生産的なスポーツだが
われわれを楽しましてくれる、
だが所謂国技の継承者として
日本の食糧問題に就いて
感想がありさうなものだ、
武蔵関は
個人主義的に解決した
相撲をやめて拳闘入り
彼は牛を馬に乗りかへた
彼は幾分かしこい
そしてブルジョアスポーツの仲間入り
君は純情に泣き
相撲に永遠の未練を残す
君は君を産んだ
母親を決して恨んではいけない
君は何時か、村を出発するときの
ことを覚えてゐるだらう、
『この児は実に良い体格ぢや
相撲がよい、
将来は相撲にさつしやい――。』
と村長を始め村の衆が騒ぎたてた、
『あのとき作男か
水車番にしてくれたらなあ――』と
君は決して母や村の衆を
恨んではいけない、
村の作男や水車番は、
今はあべこべに斯う思つてゐるのだ、
『相撲にでもなつてゐたら
粥位はすゝれて居るだらうに』と
だが今では相撲も百姓も
粥をすゝれない点では同じことだ、
残るところは何処か
大テーブルを拡げてゐる広野
そこには鑵詰と重食パンと
飯とが豊富だ、
村の子たちはこのテーブルに坐れば
まず喰ふ方は心配がいらない、
国民のことごとくの食糧はこゝに、
君は寸端れの巨大漢として兵役免除、
食事の皿の上に
突然弾が落ちてくると
食事半ばに箸を投りなげて突戦だ、
だが再び残した飯を
食べに帰るものが何人あるだらう、
君は村の若者たちの辛苦に対しても、
君は君の頭の上の
髷に感謝して良いと思ふ。
私はお贔屓の一人として忠告したい、
君は近頃さつぱり相撲勝負では
闘志がなくなつて
転んで怪我をしないやう、
しないやうにその事許り
気にしてさつさと手をつくといふ
噂がもつぱらだ。
噂するものには噂をさせてをき給へ。
妙な意地を張つて
無理な転びやうをし給ふな、
体も大きいだけ怪我も大きいだらう
怪我をして母親を心配させるな
協会では君をけつして
失業させないだらうから安心したらいゝ
君は土俵に立たなければならない
小学生の人気のためにも
君が是非大きな姿をみせなければ、
小さなフワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ン達が承知しないだらうから。
君は勝負を超越してゐる、
つまり真個《ほんと》うの相撲道に入つたわけだ。
この世に静かな林などはない
私は留置所から出てきた
私は目に見えてグングンと痩せていつた
私は部屋に寝床を敷いた
そしてそこへ突んのめされたまゝの姿勢で死んでゐる人間のやうに
じつと身動きもせず数日間眠つた
しかし気持は少しも静まらなかつた
おだやかにはなれなかつた、
早く逢ひたい友達がたくさんゐる、
留置所の中のこと
読みかけの本
窓へはげしい日光の反射、
私は焦々して寝床を離れ
郊外の林の中へでかけていつた、
林には名も知れない小鳥が囀つてゐた
――おしやべり奴が、
くさむらには虫がゐた、
――目に見えないやうな小さな虫が、
そこで私は林の中に立つて
林の樹々にむかつてひとりごとした
――林よ、自然よ、
私はお前の傍へ
どんなに来たかつただらう、
闘ひから暫し離れて
しづかなお前のふところに
抱かれたかつたのだよ、
林よ、
私は静かなところが大好きで
お前の処にきたのだ
お前は樹の葉をただの一枚も
落さないほどに
じつとしてゐて
静けさを私に与へてくれ
その時風は轟々と鳴りだし
風は林を吹きぬけた
さまざまの微妙な物音が
いりみだれて騒がしくなつた、
そして林の物音は私に斯ういつた
――君のいふやうな
そんな静かな林などは
この世におそらくないだらう――。
私は反省した
闘争の激化のなかに
なぜ私は林の静けさに脱れて
きたかつたのだらうか、
あゝ、若し私の求めるやうな
静かなところを探すのであれば
――その場合は死だらう、
林の中には首を吊るのに
手頃な枝がたくさんあつた、
また頭をうちつけるに
もつてこいの堅い樹があつた、
おそろしい精神の怯懦よ、
たゝかひの疲れ、
肉体の虚弱、
私の非プロレタリア的な一切のもの、
そいつが私を林の中まで引つぱつてきた
――死は最大の静かなところだらう、
梢はざわめき、
風は樹々の間をふきぬけ、
遠く街の騒音がきこえてくる
こゝにも何の平静さもない
目にふれるところに
小さな生き物がゐた、
この昆虫たちはしきりに
何物かの目的にむかつて動いてゐた、
みあげればそこには、
空があり雲があつた、
風は葉を
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