り巻く、
亡霊は全部追放者のやうな
顔つきをしてゐる
彼等の凍つた心がときに強い衝撃のために
ふいに溶けようとすると
以前にもまして強烈な寒気が襲つてくる、
心はいつも春がやつてきても溶けることがない、

     4
古風な城は壁白く、美しく、
千万の善良な群が時折前を横切る
私は呆然と人々の群をみてゐた
行列は百足のやうにのろのろと進む
私の眼は円の中心にそゝがれ
そこの風景を美しいと思ふ――、
強いものはすべて美しいと思ふ――、
でなかつたら――、醜いほどに美しいか、どつちかだ、
行列は能の面をかぶつて踊りだす、
松の木の間から笛の音はひゞき
柔順な姿で人々は舞ふ
舞ひ終ると人々は面を脱ぐ
肉の密着した面を顔からはぎとる

     5
すこしの恐れげもなく浮んでゐる水鳥に
私は石を投げつけてやつた、
古典の美の上にあそび
歴史の微笑の上に散歩する鳥
その悠々とした日常生活をみて
私は一種の嫉妬に似たものを感じた、
しかし水鳥よ、ゆるせ、
私がお前に石を投げつけ驚ろかし、
人間の虚勢を示すべきではなかつた、
水鳥よ、
お前は私といふ人間を、
いや一般的な人間といふものがどんなものか考へてごらん、
人間が精虫から育つたものだといふことがわかるだらう、
それだのに、水鳥と人間との区別よりも
人間同志の間の区別がもつと酷いのだよ、
私に一人の友人がゐる
彼は智恵をもつてはゐるが、
依然として精虫よりも
もつと単純な生き方をしてゐる
半身は裸かで暑い陽の下で、
甲の場所から、乙の場所へ
荷物を運び移しそれを反覆するだけの生活だ、
彼は体を生きた手をもつて撫でてみた
そして確かに自分も生きてゐると呟やいた、
しかし彼はまだ理想を失はない
人間同志の比較を放擲してゐない、
彼は力が強く正義人であつた、
彼は浅草へ手品を見物にでかけた
彼は手品師の不正を見物席からみつけた、
彼は舞台の上に飛び上つて
手品師を石のトランクの中から引き出した
勇気はまだ全く失つたわけではない、
だが水鳥よ、水の上のお前へ
私が石を投げつけたことは
勇気の種類には入らない、
古い城は私の友人にとつては
何の関係もない地域のものである、
しかし私にとつては
古典を愛する私にとつては
眼に美しく映ずる
夢の中の物語りを
このあたりに来ると想ひだす、
悠久といふことがどんなことで
平和とはどんなことで
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