といふことは乞食の第一の義務である、
といふ言葉を投げかけた、
そして心の中では呟やいた、
乞食よ、すべての市民は
お前のやうに謙遜だ――そして柔順だ、
かうして広い草地を見渡し
とほく石の門をみるとき
私は人間としての資格を失つたやうに身ぶるひするのだ、
すべての人間の魂は、静かな風景の中に沈む
詩人、ランボオの詩の一行のやうに――、
駅のある方角から
風はやさしくそよそよと吹いてきた
みどり色をたたへた美しさの
水のおもてをさつと吹きすぎる、
風は水のおもてや、水面に浮んでゐる水鳥や
たかく積まれた石にぶつかる、
風は日光を屈折させる、
石垣は光り、水も、風も光り、
みてゐる人間の心も反射する、
光りのいりみだれたチカチカとした白さ
たがひにするどさを競ふ二本の刃物のそれのやうに――
光つてゐないものは
うろつくことより知らない乞食のやうな群であつた、
彼等は謙遜だ、だから何ごとにも反射的ではない、
彼等はすべてを吸収し、収容しようとして
それができない、
彼等は何事もやりかけた仕事も泥の上に投げる、
与へる者が現れなければ
彼等は自分の物を投げて
それを自分で拾つて楽しんでゐる、

     2
私はここを立ち去ることができない
私は永久にそこを立ち去らないだらう
丁度、地球の天文学者が
シルシス・マジョル運河とか
マレー・アキダリウム湖とか
さまざまの名前を火星につけてゐるやうに
私は古い城にも、古い水にも、古い石垣にも、
私流に名前をつけて楽しむ
古城の遠い物語りを
近いところから語ること――
逆に古城の近い出来ごとを
遠いところから語らなければならない――、
この二つの矛盾は悲劇であることを知つてゐる
私の心と眼玉は
天文学者の対物レンズのやうに
距離の悲劇を経験してゐる、

     3
美しい周囲を
やけつくやうな眼で見渡してゐる
私の視線は石にぶつかつて跳ねかへる、
いつたんぶつかつた視線は
ふたたび眼の中にかへつてくる、
なんといふことだ――、行為は、
ふたたび、もとの位置に戻るために行はれた、
人々はむなしい努力と無力を嘆く、
昼も夜も、あらゆる時を空費し、
夢の中に、更に夢を重ねてゐる、
一人の生きた亡霊は
飾りのついた塗りの箱の上に腰かけてゐる、
箱の中には『歴史』といふ伝来物が充満してゐる、
千の万の生きた亡霊が
ガヤガヤとそのまはりを取
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