たりを圧し
女の呼吸とぴつたりとりずむ[#「りずむ」に傍点]をあはせ
はては呼吸をだんだんとせはしくはげしく
くるしく はげしく くるしく
上手に熱心にくりかへしてゐると
いつの間にか
女の瞳は燃えるやうな暖色にかへつて
およぐやうな手つきで
そのへんの草をむちうでむしつてゐた
十
二人のならんでゐる叢は
誰のめにもつかない谷底のやうなふかさで
やがてこの谷間に火のやうな霧が降り
草も木も花も
みなこんもりと暖気にとぢこめられ
ぴつたりと蛇のやうにもつれあつた
ふたりのからだは醗酵してしまつた。
箱芝居
なんといふ面白い世の中だ
みたまへ
ぎつくり。……ばつたり。
ぎつくり。……ばつたり。
×
たくさんの人形が右足をあげ
左足をあげ
まことに、まことに
巧に歩いてゐるではないか
×
みたまへ
ずつと向ふから
白い葬送馬車が
まつしぐらに街をやつてくる
あの馬車の中には
蝶つがひのはづれた人形が
しづかに/\
ねんねをして居るのです
×
ああ。街に玩具の月が出ると
燐寸《マッチ》箱を出たり入つたり
人形どもはキーキー
わけのわからぬ咽喉笛を鳴らす
×
あれ
塗りのはげた女の人形は
念入りにこてこてご粉を塗りつけ
ぎつくり。……ばつたり
ぎつくり。……ばつたり
右足をあげ左足をあげ
×
ああ悩ましい箱芝居である
裸体
さあみんな出て来い
裸ででゝこい
そして俺といつしよに
裸踊りをやらうよ
×
この真赤な月の出た街で
おもひきり踊りぬいて
踊りぬいて
死んだやうに夜露にねむらう
×
このうらやましい裸を見て呉れ
この狂はしい踊りをみてくれ
×
踊つて踊つて踊りぬいて
フフ
ペンパン[#「ペンパン」に「ベンベン」の注記]草の根もとに
みんなで仲よくねむらう……
停車場
性《たち》の悪い魂のぬすびとが
薄荷の塔にはひつた
たまらない感激であり
かたくやはらかい
不意の抱擁である
…………
田舎のお爺さんの
頬ぺたの皺が
伸びたりちぢんだり
退屈な!退屈な
せせこましい顔の若い女が
淫奔な足音をたて
しづかな!しづかな
青白い停車場である
…………
待合室の長椅子の
ビロードの
毛の中に
魂のかけらを
みんな忘れてゆく停車場である
三本足の人間
だらり
乾物の棒だ。
後光のさす松葉杖の間に
不気味にふられてゐる
ふられてゐる
その動きはさみしいが
着物ばかりはにぎやかな
襤褸《ぼろ》である
み給へ
そのひとつひとつの襤褸に
さまざまの変つた色が
ひかつてゐるではないか
ああ……なんといふ
情ぶかいありがたい
お天道さまよ
青い三角と
赤い四角と
黒い丸と灰色の菱形と
めちやくちやに
密着《つ》きあつたりはなれたり
ぶんぶん廻つたりとまつたり
めまぐるしい奇妙な
街の建て物だらう
さあさあ静かに歩むがいい
吐息を数へながら
さあさあおとなしく眠るがいい
冷たいまちの夜露に
おまいの全く死んだ棒も
半殺しの棒も
一寸もうごかなくなり
そして眼の玉がこはばつたら
べたりとそこに坐るがいい
お前の体が
ペチャンコになつたころ
其処には血のやうな
ベンベン草が生えるだらう
女の情慾を笑ふ
女は歌ふ
雨ふり前の
午前の日ざしをあびて
野のひろびろさに
秋草の匂ひをかぎて……かぎて
秋草の温くみにくるまりくるまりあの楽焼きの
黄色いねばつちを弄《いぢ》つて
ねむらうねむらう
男は歌ふ
このかげらふの熊手を伸ばし
をんなの乳房を……
なまぬるく弄つてやらう
をんなはこころもち
唇をひらいた
をんなはごつくりと
唾をのみこんだ
眼をほそく体をゆする
悪魔は歌ふ
あの馬鹿げた情慾はなんだ
あのなまぬるい笑ひはなんだ
さあさあみんなで
たくさんの青いろうそくに
灯をともし
ほてつた女の顔をてらしてやれ
ほてつた男の顔をてらしてやれ
あの馬鹿げた情慾を笑つてやれ
硝石を摺る
尻尾《しつぽ》のないやせ犬が
藁小屋の中にそつとしのんで
そのまゝ
舌をべろりとだして
かがまつたまゝ死んでゐる
屍体の胃袋になんにもない
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
×
かん、かん、かん
帽子をかむらぬよぼよぼの
男をてらし
真夏のお日さまは
すきつ腹をいらだゝせる
男はあを向けにひつくり返つて
かがまつたまゝ死んで居る
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
×
ぎら/゛\/゛\
狂く[#「く」に「ママ」の注記]はしくよく光るまさかり
街角でそつと獲物を待つても
から、から、から
だあれも見えない地下室で
そつと
擂鉢で硝子をすつても
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
ねんねの唄
癈兵は醜い片足のきずぐちを見せ
場末のやせた女はぼてれんの腹をつきだし
囚人は鎖をがちやがちやならし
病んだ男はくぼんだ眼《まなこ》をひからせて
みんな……みんな……みんなで
街を歩いてくれ
あの高塀のめぐりをぐるぐるめぐり
お金もちの旦那様や奥様がよつくねむられるやうに
死と、貧乏と、あきらめのねんねの唄を歌つてやれ
追憶の帆舟は走る
ふるへたたましひをこぎよせ
なみ間にただよふ
真珠のかけらをひろはん
つい憶の帆舟は
つい憶のかぜをはらんで
あれ…まつしぐらに沖に向つてはしるではないか
あの水のひろびろとかぎりなくそのゆく手のさいはてはまつくらで
ならくの渦をまいてゐる
船頭はなみだをながし帆づなをとり
船客はおりかさなつて泣きねいり
しづかにあきらめの小唄をくちずさみ
ああ……
けふもはやてに乗り浪のうねりを
矢のやうに
めあてなき帆舟ははしる
北国人と四月
四月の北国《ほつこく》はうれしい
みな雪がとけてゆくから嬉しい
なかには福寿草が生きてゐるのだよ
雪はさまざまの断面をもつてゐるなつかしい
冬の層をつくつて居る
お日さまもむろん俺等の味方で
けさも雪どけの雨を降らして呉れた
×
だい一の層からはひさしのとれた子供のしやつぽ
第二の層からは片つぽの白足袋とぱいなつぷるの空罐
だい三の層からはあきあじの骨と短い防寒靴
×
それぞれはみな春の歓迎者で提灯行列の参加者である
一九二二年作
散文詩 ローランサンの女達よ
可憐なる夢幻の女性マリー、ローランサンの芸術よ、抒情と優美のマスクをかむつたかよわい闘士可愛らしい反抗者よ、そなたが描く男性を象徴した斑馬、女鹿、獅子、犬、すべての前生は詩人であつたといふ獣達は、女性の前には愚なる情慾の征服者で西班牙太鼓《スペインたいこ》、六絃琴をもつたごきげんとり、少女等《をとめら》の玩具となり、夫人等の足を舐め髪の毛に接吻をする従僕であるといふのか、私はローランサンを愛する、そしてそなたが男性を皮肉な情慾の屈服者として玩弄物視したかよわい反抗を愛すると同時に男性の片割れとしてそなたの皮肉な芸術観にたいして地上に住むすべての女性にたいしてこの一文を贈る。
わたしの可愛いマリー、ローランサンの女達よきみらはいつたい何処から来たのだ、不思議な着物を着ていつの間に私等の踊りの仲間に入つてきたのか、低い口笛を吹き吹きそつとくちづけの真似をしたり横向きに白い肌をみせびらかして私等の足調《あしどり》を乱す気なのか、えたいの知れない蛇のやうな妖術者、君等は限界の広さに男を探り強くたくましき理智の展望台をもつた冷たき氷原をすゝむ南極探険船のごとく、または笑ひは海のごとく従順のしとねに眠る勝利者の凱旋歌、わたしの可愛いマリー、ローランサンの女達よ、きみらは[#「は」に「ママ」の注記]手にした赤いペルシャ扇はなにか、それは情慾の焔をまぎらす風の扇だらう黒い眼鏡は妖婦のやうにくまどられ情慾の春画を覗く偽りの近眼病者、ぶらん[#「ぶらん」に傍点]とあへん[#「あへん」に傍点]に酔つたふりをする横着な舞踊役者。そつとしづかに介抱の手をまつ朝がたの泥酔であらう。
わたしの可愛いマリー、ローランサンの女達よ神秘と幻影の髪飾りはそのまゝにたゞ偽りのペルシャ扇を地に捨て軽い飛ぶやうな足どりでいらつしやい私はしつかりときみらを胸に抱き踊り踊りのあひまあひまに、おたがひがねば土の匂ひを嗅ぎあひませう、たゞ嗅いだばかりでも青春の幸福ではありませんかわたしは笑ひ笑ひのこのつたない散文詩の一篇を髪ながく色白のあらゆる地上のローランサンの女に贈る――一九二四、一――
新聞紙
けさも私は寝床のなかで
不眠症と神経過労の眼を動かし
病院船の
患者のやうにをちついて
文明病の処方箋を読みました
そこに盛られたさまざまの薬
恐怖と醜悪の散楽
みな利きめの
ありすぎた人々の報告です。
強盗殺人犯の脱監
密通した令夫人
鉄道線路の飛び込自殺
××氏の毒物嚥下
山林中の強姦未遂。
しづかな朝の単調に
わづかな胡椒を
振りかけたばかりの食膳
私の味覚はそんなぐらゐの
甘つたるい料理は
喰ひあきた舌なのです
もつと もつと
腕利きのコックを雇つて下さい
この現代の味覚は
もるひね愛好者の
たゞれた舌です
ねばりこく脂こい
情感にふるへるやうな
わたしは料理をのぞむのです。
私の愛読する処方箋よ
もつと奇抜な
構想の報告をしたりしたいのです。
散文詩 泥酔者と犬
酔ひしれた足取りは螺旋階段を廻るやうななかば快感と不安の平地を私はよろよろと泳ぎ出した、街は真夜中の沈思でろくでもない情念のトランプの真最中だらう、どこの屋根屋根の角度を仰いでも妙に糞落つきに沈着な冷たい陰影の中に三角の眼をぐるぐると廻転さしてゐるし電信柱の行列が手ぢかな所に立つてゐるのから順々に雪の地上にばたんばたんと恐ろしい音響を立てて横に倒れて了ふし、それは静かなうちに賑やかな街の風景であつた、私はまづこのとろんこの眼をして寝静まつた大通の中からなにかしら動物の相棒を探してやらうといふ考へから道路の真中に震へた感情の両足の安定をたもつために少からず脳神経をなやましぐつと反り身になつて辺りをぎろぎろと嗅ぎ歩いたが私の瞳孔は散大して了つて愛する友人の一人も発見することが出来なかつたのです、地球壊滅の日に生存した人間のやうに生物をひた恋しく私はさびしい気持であてもなく探しあるいたがひつそりとした深夜の空が明るいばかり月は北国の月の青さで丸さで照り返してもみんな青い白さである街はあんえつの湯たんぽの上気でもうろうとねむつて居るのです、ちやうど其時ですつひ足もとの大地の上にひろびろと青い冬の明るい雪にいつぴきの黒くくまどられた犬が足のみぢかい犬がアンリー、ルーソーの犬がひよつこりと突立つてゐたのです、私はこの善良なる友人を得た喜びにじつと上から犬を見下ろしてゐたのです、すると遠くから「おうおうおうおう」と犬の遠吠えが聞えると私の友人の犬も「おうおうおうおう」とどうやら涙をながして吠えるやうです、するとあつちこつちの暗がりから「ぞろぞろぞろぞろ」と色々の服装をした犬の仲間の奴が出てきて五匹も十匹も出てきてべらべらの長い耳を動かし前肢をきちんと揃へてみんなで揃つて空に向つて吠えるのです、じつと見てゐた私はいつの間にか犬の感情の中に「おうおうおうおう」とみんなといつしよになつて吠えてゐたのです私の犬は急に月光が怖ろしくなつて尻尾をまるめてしまひ空と大地の限りなくひろびろとした不可思議さにまたは人間の呪詛する「おうおうおうおう」といふ遠吠にけんめいな犬の一匹となつて平穏に熟睡した月光の街にぽかんと突立つて居たのでした―一九二四、一、二〇―
散文詩 白痴アンリー・ルーソー
誰がこの幅広い道路を真直に歩行する馬鹿者が居るか、恐らくは皆なよなよとした感情の通行で路傍のハモニカにも耳を傾けるロマンティストの幌馬車に乗つた青白い紳士の群ではないかあの愚鈍なる馬鹿者、仏蘭西《フランス》の税関吏アンリ、ルーソーの足つきの真似が出来るか灰色の純情を押しとほした歩行の匂ひでも嗅いで見ようとする悪人が一人でも居るか。評価された人間の相場は
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