慾はぎあまんに盛られた
冷酒のやうに
しみじみと視つめて楽しむ観賞物心臓病者の
まつ青なよつぱらひである
   ◇
私は冒[#「冒」に「ママ」の注記]険な情慾が大好きだ
いつかも
あるき出す情慾の群にまぢつて
人ごみの中で
若い女の懐中の
財布をねらつたが……
   ◇
すつた財布の中はからつぽで
私と女は笑つて別れた


煙草の感情手品

女よ
私のこれからはじめる
感情手品を
じつと遠くから見物してゐ給へ
これを貴女への
返事にかへませう
   ×
さあ…これは一本の煙草です
つぎに口にくわへて
その煙草に
情熱のマッチを
摺つたのは貴女なのです
   ×
たしかに貴女は火をつけた
種も仕掛けもない奇術でした
   ×
まづ私の太夫さんは
ゆつくりと煙草を吸つて
ゆつくりと鼻から煙を出して
もう、もうと靄のやうに
たちこめる、けむりの中で
にやにやと
笑ひながら吸つたことか
ちどんな貴女の感づかない
それはあざやかな手際です
   ×
女よ
貴女は煙草の吸ひ殻を
拾つてお帰りなさい


春情――三人集――

春だ四月だ……
煙草のけむり輪にふいて
橋のたもとで空をながめた
   ×
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