た
そしてひさしく凍結した氷海に
青い春情の波をみた
軽ろやかにあらだちさわぐ青い水をみた
三
男はさめざめと笑ひはにかんだ
とほく秋のをはりの期[#「期」に「ママ」の注記]節のころに
街の児供らがつめたい大地に坐つて
ひとつ ふたつ みつ よつと
雹を帽子に数へひろつたころから
しだいにとぢこめられた濃霧の期節
男らの憂鬱な白塗の病院船は
赤きあかしをますとにうちふり
汽笛はぼうぼうと長くなやましく
ああ 標識を失ひさまよふかなしき航海船
四
男はしみじみとおのが青春を掌にとり
春のやはらかな日光に照らしてみた
うれしくなやましい思ひに胸はいつぱいで
おのづと涙は泉のやうにわいてきた
ちやうど男は遠洋航海船の船員のやうに
港の赤い燈火をながめてはしやぎまはり
銅鼓を鳴らし
銅鼓を鳴らし
投錨の銅鼓にはげしく春情を唆られて
風のやうにすばやく軽装し
慾情の新らしいバスケットを提げて
あらそつて上陸した
五
男は両手をだらりとさげて歩るきだした
爬虫類のやうな恰好で歩るきだした
ざらざらと蜥蜴のやうに足をひきずつて
そこらあたりいちめんの
青草に燃える野原をはひ廻つた
広野は春のまつさかり
人々は大地よりたちのぼる幽気を吸つて
みなしなやかに散歩してゐた
六
女はあまり素足で青草を踏みさまよつた
あやしき外触覚の慾情に
歩みつかれたかよわき呼吸の
あやしき内触覚の慾情に
女はばたりと土に音たてゝ
そこの叢のふかさに坐つてしまつた
七
ああすべて地上を歩むものは爬虫類である
蜥蜴、蛇、鰐、亀の類人間の類
みなつれだちて寂しくさまよひさまよふ
旅人はみな爬虫類である
女はいまなつかしい爬虫の感情がよみがへり
黄色な粘土の匂ひになやましく上気して
白いしなやかな指をふるはせながら
狂人のやうになつてタンポポの花をむしつてゐた
八
男は蛇のやうに
ひつそりとはひよつて
かろくやさしく女の肩をたたいてみた
女は電気のやうに猫のやうに
ぱちぱちと火花をちらして男からとびのいた
春のきせつのはるばるとめぐりきた
喜びも忘れたかのやうに
秋のやうに青く澄んだ
寒色の瞳をしてしまつた
九
男は女の瞳を
桃色の暖色にかはらすために
どんなに苦心をしたか
男はちからいつぱいの笑を女におくり
つぎにはしだいに重たく重たく
胸のあたりを圧し
女の呼吸とぴつたりとりずむ[#「りずむ」に傍点]をあはせ
はては呼吸をだんだんとせはしくはげしく
くるしく はげしく くるしく
上手に熱心にくりかへしてゐると
いつの間にか
女の瞳は燃えるやうな暖色にかへつて
およぐやうな手つきで
そのへんの草をむちうでむしつてゐた
十
二人のならんでゐる叢は
誰のめにもつかない谷底のやうなふかさで
やがてこの谷間に火のやうな霧が降り
草も木も花も
みなこんもりと暖気にとぢこめられ
ぴつたりと蛇のやうにもつれあつた
ふたりのからだは醗酵してしまつた。
箱芝居
なんといふ面白い世の中だ
みたまへ
ぎつくり。……ばつたり。
ぎつくり。……ばつたり。
×
たくさんの人形が右足をあげ
左足をあげ
まことに、まことに
巧に歩いてゐるではないか
×
みたまへ
ずつと向ふから
白い葬送馬車が
まつしぐらに街をやつてくる
あの馬車の中には
蝶つがひのはづれた人形が
しづかに/\
ねんねをして居るのです
×
ああ。街に玩具の月が出ると
燐寸《マッチ》箱を出たり入つたり
人形どもはキーキー
わけのわからぬ咽喉笛を鳴らす
×
あれ
塗りのはげた女の人形は
念入りにこてこてご粉を塗りつけ
ぎつくり。……ばつたり
ぎつくり。……ばつたり
右足をあげ左足をあげ
×
ああ悩ましい箱芝居である
裸体
さあみんな出て来い
裸ででゝこい
そして俺といつしよに
裸踊りをやらうよ
×
この真赤な月の出た街で
おもひきり踊りぬいて
踊りぬいて
死んだやうに夜露にねむらう
×
このうらやましい裸を見て呉れ
この狂はしい踊りをみてくれ
×
踊つて踊つて踊りぬいて
フフ
ペンパン[#「ペンパン」に「ベンベン」の注記]草の根もとに
みんなで仲よくねむらう……
停車場
性《たち》の悪い魂のぬすびとが
薄荷の塔にはひつた
たまらない感激であり
かたくやはらかい
不意の抱擁である
…………
田舎のお爺さんの
頬ぺたの皺が
伸びたりちぢんだり
退屈な!退屈な
せせこましい顔の若い女が
淫奔な足音をたて
しづかな!しづかな
青白い停車場である
…………
待合室の長椅子の
ビロードの
毛の中に
魂のかけらを
みんな忘れてゆく停車場である
三本足の人間
だらり
乾物の棒だ。
後光のさす松葉杖の間に
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