不気味にふられてゐる
ふられてゐる
その動きはさみしいが
着物ばかりはにぎやかな
襤褸《ぼろ》である
み給へ
そのひとつひとつの襤褸に
さまざまの変つた色が
ひかつてゐるではないか
ああ……なんといふ
情ぶかいありがたい
お天道さまよ
青い三角と
赤い四角と
黒い丸と灰色の菱形と
めちやくちやに
密着《つ》きあつたりはなれたり
ぶんぶん廻つたりとまつたり
めまぐるしい奇妙な
街の建て物だらう
さあさあ静かに歩むがいい
吐息を数へながら
さあさあおとなしく眠るがいい
冷たいまちの夜露に
おまいの全く死んだ棒も
半殺しの棒も
一寸もうごかなくなり
そして眼の玉がこはばつたら
べたりとそこに坐るがいい
お前の体が
ペチャンコになつたころ
其処には血のやうな
ベンベン草が生えるだらう
女の情慾を笑ふ
女は歌ふ
雨ふり前の
午前の日ざしをあびて
野のひろびろさに
秋草の匂ひをかぎて……かぎて
秋草の温くみにくるまりくるまりあの楽焼きの
黄色いねばつちを弄《いぢ》つて
ねむらうねむらう
男は歌ふ
このかげらふの熊手を伸ばし
をんなの乳房を……
なまぬるく弄つてやらう
をんなはこころもち
唇をひらいた
をんなはごつくりと
唾をのみこんだ
眼をほそく体をゆする
悪魔は歌ふ
あの馬鹿げた情慾はなんだ
あのなまぬるい笑ひはなんだ
さあさあみんなで
たくさんの青いろうそくに
灯をともし
ほてつた女の顔をてらしてやれ
ほてつた男の顔をてらしてやれ
あの馬鹿げた情慾を笑つてやれ
硝石を摺る
尻尾《しつぽ》のないやせ犬が
藁小屋の中にそつとしのんで
そのまゝ
舌をべろりとだして
かがまつたまゝ死んでゐる
屍体の胃袋になんにもない
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
×
かん、かん、かん
帽子をかむらぬよぼよぼの
男をてらし
真夏のお日さまは
すきつ腹をいらだゝせる
男はあを向けにひつくり返つて
かがまつたまゝ死んで居る
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
×
ぎら/゛\/゛\
狂く[#「く」に「ママ」の注記]はしくよく光るまさかり
街角でそつと獲物を待つても
から、から、から
だあれも見えない地下室で
そつと
擂鉢で硝子をすつても
×
おや……それはなんでもない
あたりまいのことだよ
ねんねの唄
癈兵は醜い片足のきずぐちを見せ
場末のやせた女はぼてれんの腹をつきだし
囚人は鎖をがちやがちやならし
病んだ男はくぼんだ眼《まなこ》をひからせて
みんな……みんな……みんなで
街を歩いてくれ
あの高塀のめぐりをぐるぐるめぐり
お金もちの旦那様や奥様がよつくねむられるやうに
死と、貧乏と、あきらめのねんねの唄を歌つてやれ
追憶の帆舟は走る
ふるへたたましひをこぎよせ
なみ間にただよふ
真珠のかけらをひろはん
つい憶の帆舟は
つい憶のかぜをはらんで
あれ…まつしぐらに沖に向つてはしるではないか
あの水のひろびろとかぎりなくそのゆく手のさいはてはまつくらで
ならくの渦をまいてゐる
船頭はなみだをながし帆づなをとり
船客はおりかさなつて泣きねいり
しづかにあきらめの小唄をくちずさみ
ああ……
けふもはやてに乗り浪のうねりを
矢のやうに
めあてなき帆舟ははしる
北国人と四月
四月の北国《ほつこく》はうれしい
みな雪がとけてゆくから嬉しい
なかには福寿草が生きてゐるのだよ
雪はさまざまの断面をもつてゐるなつかしい
冬の層をつくつて居る
お日さまもむろん俺等の味方で
けさも雪どけの雨を降らして呉れた
×
だい一の層からはひさしのとれた子供のしやつぽ
第二の層からは片つぽの白足袋とぱいなつぷるの空罐
だい三の層からはあきあじの骨と短い防寒靴
×
それぞれはみな春の歓迎者で提灯行列の参加者である
一九二二年作
散文詩 ローランサンの女達よ
可憐なる夢幻の女性マリー、ローランサンの芸術よ、抒情と優美のマスクをかむつたかよわい闘士可愛らしい反抗者よ、そなたが描く男性を象徴した斑馬、女鹿、獅子、犬、すべての前生は詩人であつたといふ獣達は、女性の前には愚なる情慾の征服者で西班牙太鼓《スペインたいこ》、六絃琴をもつたごきげんとり、少女等《をとめら》の玩具となり、夫人等の足を舐め髪の毛に接吻をする従僕であるといふのか、私はローランサンを愛する、そしてそなたが男性を皮肉な情慾の屈服者として玩弄物視したかよわい反抗を愛すると同時に男性の片割れとしてそなたの皮肉な芸術観にたいして地上に住むすべての女性にたいしてこの一文を贈る。
わたしの可愛いマリー、ローランサンの女達よきみらはいつたい何処から来たのだ、不思議な着物を着ていつの間に私等の踊りの仲間に入つてきたのか、低い口笛
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