りつくればアイヌの実茶色つぶつぶ敷かれたるかも
大館町 思ひ出
秋田に住む叔母がましろきつやつやのかほなどおもふ雨のひるかな
通草とりの子ははろか山道種ふきてすぎるみゆかな頭をふりにつつ
通草とりの子にあけびをひとつくれと言ひくれざりしかもさびしかりける
色白き河原の石の反射などまなこを閉ぢておもふなりけり
河岸のうすくらがりに蝙蝠《こうもり》を追ひてこどもらいまだかへらず
縞蛭は日ぐれの沼にうごくなり吸血のすべしるがかなしき
夕暮れの沼のあさどのおぐらきに水しはつくり蛭うごくなり
馬小舎
馬小舎のうまがきり藁食す音のとどろひびきて頭にのぼるかも
床にゐて馬小舎の馬が屋《は》梁《り》を噛む癖を叱りてねいるなりけり
押切りをたくみに使ふ若者に指などきるなといひかけしかな
切り藁にほそり木まぢりゐるけらしぽきと音して手応へしかな
馬小舎の飼ばの桶に庭鳥が卵をひとつ産みてあるかも
大根畠
山蔭に薄陽をあびて大根をほればもろ手のつめたかりける
しんしんと地がなるごとし大根をほる手をとどめ土にかがみぬ
夕ざれば地の冷えまさりこんこんとつづけて咳のいでにけるかも
現世に大根が生きてゐることのお可笑かりけりうごかぬ大根
夕闇のなかにましろくつみあげし大根がみな土にきえゆく
月夜
あゆみつつ夜更の空をみあぐれば電信柱にかかる月かも
らんらんと尊とや月はまづし家の屋根いちめん照らすなりけり
さびしさ
そのかみの悪性《あくしよう》男なきてをり女供養《くよう》と泣きてをるなり
たえまなく胸の扉《とびら》をあかき衣《い》の侏儒《しゆじゆ》らけふしもたたくなりけり
八畳のそのまんなかにあかき林檎ひとつころがしみつめたるかも
わかき我なにのはずみかしはがれし悪魔の声しはつとおどろく
ひたすらにわが身いとしと銭湯《せんたう》に脚気《かつけ》の脛《はぎ》をさすりけるかな
かなしきはここの酒場のこのブランあまりに弱き味覚なるかも
むらさきの縁取《へりと》りコップたちのぼるココアの湯気のしろき夜かな
丘に立ちて
ひとり死ぬるさびしさなどをおもひつつ狭霧《さぎり》の丘にたちつくすなり
丘にたちしみじみ夕日あびにつつ満《み》ち足《た》らふまでなきにけるかな
なきなきていささかひもじくなりければ草の実つみて頬ばりしかな
荒磯《あらそ》べの石ころみちのでこぼこを馬車たかなりてすぎるみゆかも
うらぎりの君のにくさに草の実をつぶせばあかき血のながれたり
フレップを摘まむとすればその色の処女《おぼこ》にあらず君の乳のいろ
食人鬼の童のごとし童らは草の実食みて口あかきかも
母と逢ひて
いたいたしくやせほそりたる吾《あ》の母の人力《じんりき》車にのるをながめたるかも
うれしくてうれしくて吾《あ》はなきにけり幌《ほろ》ををろせといひにけるかな
うれしくてうれしくて吾はいくたびも洟《はな》をかむなり飯《いひ》食《を》しにつつ
わが母のいつとせ前の疳症《かんしよう》のひたいのすぢののこりたるかも
子供王国
童子ひとりおもちやの弓をひきしぼり矢叫けびたかくはなちけるかも
だんだらの道化の帽子かむりたる童子はついになきにけるかな
いちにんの童子は煙草のむまねをなしてゐるなり悲しからずや
いちにんの童子は童女と草つみて夫婦《めをと》ごつこをするがかなしき
童子らのなすことをじつとみてをれば草にかぎろひうすらたつみゆ
場末印象
なにかしらかなしきものの澱《をど》みゐる場末の空気吸《すへ》ばさびしも
壁土をこねる男のさむげなる素足をみつゝすぎにけるかも
はるか来てふとみかへれば壁土をこねる男は煙草すふなり
壁土をこねる男の顔みしが顎鬚《あごひげ》のみのみゆるなりけり
旅愁の歌
誰にともなくほほゑみなげて船橋をわかき女の降りけるかな
憂鬱のなすことつきて謹厳のをとこも小唄うたふ船旅
船人はかなしき鐘鼓《しようこ》うつになれたくみにうちぬ小能登呂岬《このとろみさき》
こんぺきの海の平らさ波しろくゆくともみえずランチはしりぬ
少年の日の積木のごとくあたらしき家々みゆる真岡の港
あまりにも草の色よく海岸にみいりてしばしふるさとおもはず
親すてしかなしふな旅船底にかへれかへれと潮騒きこゆる
ふるさとにみゆるに堪へず船室にいれどかなしや丸窓にみゆ
風鈴と風
炎天や風なきまひる風鈴をつるせば風の起りけるかな
あまりにも四周しづけく魔人きてゆりうごかせよこの天地《あまつち》を
あまりにも四周さびしく風鈴を買はむこころの起きにけるかな
風鈴のゆれるをみつつしみじみと解熱《げねつ》の薬のみにけるかな
咲ちやん
いきどほり心《うら》にしもて裏の児の咲ちや
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