しろ服のあまたのなかに冬服のひとりまじりてさびし夜の街

街をゆき女の肌にわがさ指ふれておもはずおどろきしかも


畠の恋

太陽にそむきてさきし向日葵《ひまわり》はその咎《とが》にして萎《しを》れたるかも

よくはずみ侏儒の手まりのごとくなり豆鞘わればころがりいづる

わかものの畠の恋は黍殻《きびがら》をたばかされなと風ふきしかな


黄金の果実

けだものの子は大人《をとな》となりぬ一本《いつぽん》も毛のなきことが悲しかりける

黄金《きん》の実をつまむてだてをけだものの大人がよりてかたるなりけり

いささかの黄金《きん》の木《こ》の実のいさかいにけだものは刀ぬきにけるかな

いささかの黄金の木の実のいさかいにけだもの一匹《いつぴき》斃れたるかな

つめどもつめどもけだものどもは黄金《きん》の実《み》を足ることしらずけふも摘みをり

うら悲しけだものどもは黄金《きん》の実《み》をひた恋ひしゆえ傷《きづ》つきにけり

うら悲しけだものどもは銀の実をひたこひにけり嘘いひにけり

うら悲しけだものどもは銅の実をひたこひにけり首くくりけり


友を焼く

うつむきてみなもの言はず火葬場のしじまに骨を拾ふなりけり

友の歯をひとつふたつとかぞへつつ白木の箸にひろふ火葬場

友焼きてかへる花野の細道に草鞋《わらんぢ》の紐とけにけるかな

杳かなる花野のもなかいつぽんのすぐたちの木に烏とまるも

火葬場は曼珠沙華《ぼんばな》の秀《ほ》にかくれたりはるかにしろきけむりたつ見ゆ

夕ざりて河のどよみを茄子の馬胡瓜の馬が流れたりける


十字路

朝の陽は障子《しようぢ》あかるくいちめんに照りかがやけばまなこくらみぬ

ひたすらに爆竹をうつなりわいをしてみたき日ぞ空をながむる

朝まだき靄にきこえてすがすがし法華《ほつけ》の太鼓しづかなるかも

にんげんにうまれしといふ悔恨をつくづくかんぢ涙ながしぬ

にんげんの子がうまれしと紅白《こうはく》のまんまろの餅《もち》おくり来しかな

朝の湯のくもりがらすに女湯のをんなのあたまうつりけるかな

からんからん茶椀をならしみつれどもさびしさ癒《いえ》ずひとり飯《いひ》食む

ひからびし手をもて母が炊ぎたる尊《たふ》とき飯《いひ》ぞしみじみと食す

一すぢのしろき道なりそのかみは君と手をとりすぎし道なり

路のべの赤き小石をてにとりて息ふきかけて見はみつれども

なにがなしに素足となりてわが街をあゆむこころのおきにけるかな

町角の湯屋にうどん華《げ》さきしてふ噂もいつかきえにけるかな

朝顔は咲きて萎《しぼ》みてくりかへしころりと鉢に散りにけるかな

さてこれよりいづこにゆかむ十字路に立ちてあたりを見まはせしかな

少年のこころとなりて石塊《いしころ》を路上ころころころがしてゆく

街なかにあたりうかがひ呼子笛ひとふきふけばこころおさまる

谿越えてあの山こえて帰るてふ飴屋おもへば笛きこえ来し

かつかつと足音たかく橋の上人形のごとうごく兵隊

つつましく日本《にほん》のをんな菊の花もちて街ゆくふさはしきかな

嘘つきのたくみの友とさ夜ふけに語《かた》りあひけりうそとしりつつ

子らがみな一列にならびつぐみたる口元みればお可笑かりける

鳥さしの児の帽子のひさしま日をうけしろく輝やきうごかざるかも


尾張屋爺 思ひ出

杣夫なる尾張屋爺はさむらいの成《な》れの果《は》てなり剣術を知る

新聞をまるめて爺と仕合しぬをりをり禿をたたくなりけり

杣夫なる尾張屋爺はさむらいの成れの果てなり忍術を知る

忍術をみせよと爺にせがみたり外面《とのも》はしきり吹雪するなり

眼をつぶり尊《たふ》とげのこといひたれど蟇《ひき》はもいでず鼠もいでず

酒のめば水遁火遁忍術をなすといひしがついにせぬなり

飯食みてをればとどろと裏山に爺が大樹を倒せしひびき

かんじき……を履きて爺は朝はれの雪の林にいりにけるかな


秋の船旅

船客に道化師まぢりほろほろと横笛なりぬ秋のふな旅

山遠き小能登呂《このとろ》の浜まひる日に青くかがやき草もゆるみゆ


踊る烏

なやましき夏の真昼のへんげものからす輪となり踊るなりけり

なやましき烏の踊りみぎり足いちぢるしくもあげにけるかな

ちよんちよんと二《ふた》足三《み》足かた足で歩みしろ眼をつかひけるかな

からす等のへんげの踊りみてあれば胸がくるしくなりにけるかな

恋の歌うたふ男のきまぐれを烏はかあとわらひけるかな


愛奴部落

のぞきたるアイヌの家にいたましく鮭《さけ》の半身《はんみ》のつるされしかな

和子《しやも》の子の愛奴《あいぬ》に悪口いひければ毒矢《ぶしや》木ひくぞとわらひけるかな

山焼けの遠火のけむりたなびきてかすみのごとくみゆるなりけり

草丘をのぼ
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