5)名寄町にて
幅広き名寄《よろ》の町に降りたちて煙草屋の娘に路をたづねる
屋根低き名寄の町に風荒れぬ呼吸ひそめつつ人ら住めるも
黒百合のはげしき色を眼にすゑて昔の女にくみはじめぬ
味気なや旅の心に鳴るものはかたくつめたきトンカツの皿
新しきことにおどろくゆたかさの眼をして咲くは三色菫
朝早く騎馬一頭は駈けすぎぬ緋色の夜具の乾されたる街
夜更けまで光散らして蹄鉄をうつ馬もあしたは徴発されん
(6)旅情雑詠
けんぶち[*「けんぶち」に傍点]の木材置場、木の木口これがみんな百姓の頭だ(剣淵所見)
雲立ちてらんる[*「らんる」に傍点]の駅の荒々しさ旅立ちゆくも薄情にあらず(蘭留駅にて)
小使が欠食児童の名を呼びて弁当をくばる村の学校
のみながらウドの酢の物まくらへば旅するものの心やすらふ
生きぬけばつよき風よりなほ強しうなだれて咲くおだまきの花
純情の同志を生みしこの街よ今野大力はいま世にあらず
(今野は旭川出身、旧『戦旗』編輯者)
ヱピリット、ホスゲンと特務曹長声高し汽車で語るは戦術の話
(完)旭川にて
旭川こゝに一人の女をみいだせり不安募りきて旅立ちいそぐ
愛すれば苦しき町とかはりけり空澄める町にすみかねるなり
去りゆけど思ひはいつもとどまらぬ石狩川の白き堤防
北海に愛歌をつくるめでたさを友よ責めるな真実なれば
ぱつちりと東京行のきつぷ切られけりやうやく帰る心となりぬ
石狩の少女の胸の白さかなとをくとどろく鉄橋の汽車
動揺をあたへて去れどゆるし給へときくれば咲く鬼げしの花
旅歌
鎌倉にて
横顔は多少美し大仏の背中に窓があいてゐるとは
さほどまで美男にあらず鎌倉の大仏さまは喰は(せ)ものなり
逗子にて
生きるにも死ぬにも不便なところなり逗子の汀は遠あさなれば
逗子の海波のくらさの折返しくだけ光るは夜光虫かな
手の上に消えるともせぬ夜光虫つめたくひかる虫の心かな
風荒れもいつかはやまるときあらんゆれてやすまぬ樹の心かな
小坪にて
小坪にて川島浪子と逢ひにけり汀で犬とたはむれてゐし
美瑛にて
ゆらゆらと千城橋の行きかへり風にふかれて吸ふ煙草かな
(煙草を吸へば味のよきかな)
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