である。ペルシヤには例《れい》の有名《いうめい》なルステムの化物退治《ばけものたいぢ》の神話《しんわ》があり、アラビヤには例《れい》の有名《いうめい》なアラビヤンナイトがある。埃及《えじぷと》もさうである。洋々《やう/\》たるナイル河《かは》、荒漠《くわうばく》たるサハラの沙漠《さばく》、是等《これら》は大《おほい》に化物思想《ばけものしさう》の發達《はつたつ》を促《うなが》した。埃及《えじぷと》の神樣《かみさま》には化物《ばけもの》が澤山《たくさん》ある。併《しか》し之《これ》が希臘《ぎりしや》へ行《い》くと餘程《よほど》異《ことな》り、却《かへ》[#ルビの「かへ」は底本では「かへつ」]つて日本《にほん》と似《に》て來《く》る。これ山川《さんせん》風土《ふうど》氣候等《きこうとう》、地理的關係《ちりてきくわんけい》の然《しか》らしむる所《ところ》であつて、凡《すべ》てのものは小《こ》じんまりとして居《を》り、隨《したが》つて化物《ばけもの》も皆《みな》小規模《せうきも》である。希臘《ぎりしや》の神《かみ》は皆《みな》人間《にんげん》で僅《はづか》にお化《ばけ》はあるが、怖《こわ》くないお化《ばけ》である。夫《それ》は深刻《しんこく》な印度《いんど》の化物《ばけもの》とは比《くら》べものにならぬ。例《たと》へば、ケンタウルといふ惡神《あくしん》は下半身《しもはんしん》は馬《うま》で、上半身《かみはんしん》は人間《にんげん》である。又《また》ギカントスは兩脚《れうあし》が蛇《へび》で上半身《かみはんしん》は人間《にんげん》、サチルスは兩脚《れうあし》は羊《ひつじ》で上半《かみはん》が人間《にんげん》である。凡《およ》そ眞《しん》の化物《ばけもの》といふものは、何處《どこ》の部分《ぶぶん》を切《き》り離《はな》しても、一|種《しゆ》異樣《いやう》な形相《げうさう》で、全體《ぜんたい》としては渾然《こんぜん》一|種《しゆ》の纏《まと》まつた形《かたち》を成《な》したものでなければならない。然《しか》るに希臘《ぎりしや》の化物《ばけもの》の多《おほ》くは斯《かく》の如《ごと》く繼合《つぎあは》せ物《もの》である。故《ゆゑ》に眞《しん》の化物《ばけもの》と言《い》ふことは出來《でき》ないのである。然《しか》らば北歐羅巴《きたようろつぱ》の方面《はうめん》はどうかと見遣《みや》るに、此《この》方面《はうめん》に就《つい》ては私《わたし》は餘《あま》り多《おほ》く知《し》らぬが、要《えう》するに幼稚《えうち》極《きは》まるものであつて、規模《きぼ》が極《きは》めて小《ちい》さいやうである。つまり歐羅巴《ようろつぱ》の化物《ばけもの》は、多《おほ》くは東洋思想《とうやうしさう》の感化《かんくわ》を受《う》けたものであるかと思《おも》ふ。
以上《いじやう》述《の》べた所《ところ》を總括《そうくわつ》して、化物思想《ばけものしさう》はどういふ所《ところ》に最《もつと》も多《おほ》く發達《はつたつ》したかと考《かんが》へて見《み》るに、化物《ばけもの》の本場《ほんば》は是非《ぜひ》熱帶《ねつたい》でなければならぬ事《こと》が分《わか》る。熱帶地方《ねつたいちはう》の自然界《しぜんかい》は極《きは》めて雄大《ゆうだい》であるから、思想《しさう》も自然《しぜん》に深刻《しんこく》になるものである。そして熱帶《ねつたい》で多神教《たしんけう》を信《しん》ずる國《くに》に於《おい》て、最《もつと》も深刻《しんこく》な化物思想《ばけものしさう》が發達《はつたつ》したといふ事《こと》が言《い》へる。縱令《たとへ》熱帶《ねつたい》でなくとも、多神教國《たしんけうこく》には化物《ばけもの》が發達《はつたつ》した。例《たと》へば西藏《ちべつと》の如《ごと》き、其《その》喇嘛教《らまけう》は非常《ひじやう》に妖怪的《えうくわいてき》な宗教《しうけう》である。斯樣《かやう》にして印度《いんど》、亞刺比亞《あらびや》、波斯《ぺるしや》から、東《ひがし》は日本《にほん》まで、西《にし》は歐羅巴《ようろつぱ》までの化物《ばけもの》を總括《そうくわつ》して見《み》ると、化物《ばけもの》の策源地《さくげんち》は亞細亞《あじあ》の南方《なんぱう》であることが分《わか》るのである。
尚《なほ》化物《ばけもの》に一の必要條件《ひつえうぜうけん》は、文化《ぶんくわ》の程度《ていど》と非常《ひぜう》に密接《みつせつ》の關係《くわんけい》を有《いう》する事《こと》である。化物《ばけもの》を想像《さうざう》する事《こと》は理《り》にあらずして情《ぜう》である。理《り》に走《はし》ると化物《ばけもの》は發達《はつたつ》しない。縱令《たとひ》化物《ばけもの》が出《で》ても、其《それ》は理性的《
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