、凄《すご》いものである。相貌《さうぼう》なども人間《にんげん》と大差《たいさ》はない。
 第《だい》三の化物《ばけもの》は本體《ほんたい》が動物《どうぶつ》で、其《その》目的《もくてき》によつて惡戯《あくぎ》の爲《ため》と、復仇《ふくしう》の爲《ため》とに分《わか》つ、惡戯《あくぎ》の方《はう》は如何《いか》にも無邪氣《むじやき》で、狐《きつね》、狸《たぬき》の惡戯《あくぎ》は何時《いつ》でも人《ひと》の笑《わら》ひの種《たね》となり、如何《いか》にも陽氣《やうき》で滑稽的《こつけいてき》である。大入道《おほにふだう》、一つ目《め》小僧《こぞう》などはそれである。併《しか》し復仇《ふくきう》の方《はう》は鍋島《なべしま》の猫騷動《ねこさうどう》のやうに隨分《ずゐぶん》しつこい。
 第《だい》四の精靈《せいれう》は、本體《ほんたい》が自然物《しぜんぶつ》である。此《この》精靈《せいれう》の最《もつと》も神聖《しんせい》なるものは、第《だい》一の神佛《しんぶつ》の部《ぶ》に入《い》る。例《たと》へば日本國土《にほんこくど》の魂《たましひ》は大國魂命《おほくにたまのみこと》となつて神《かみ》になつてゐる如《ごと》きである。物《もの》に魂《たましひ》があるとの想像《さうざう》は昔《むかし》からあるので、大《だい》は山岳《さんがく》河海《かかい》より、小《せう》は一|本《ぽん》の草《くさ》、一|朶《だ》の花《はな》にも皆《みな》魂《たましひ》ありと想像《さう/″\》した。即《すなは》ち「墨染櫻《すみぞめのさくら》」の櫻《さくら》「三十三|間堂《げんだう》」の柳《やなぎ》、など其《その》例《れい》で、此等《これら》は少《すこ》しも怖《こわ》くなく、極《きは》めて優美《いうび》なものである。
 第《だい》五の怪動物《くわいどうぶつ》は、人間《にんげん》の想像《さうざう》で捏造《ねつざう》したもので、日本《にほん》の鵺《ぬえ》、希臘《ぎりしや》のキミーラ及《および》グリフイン等《とう》之《これ》に屬《ぞく》する。龍《りう》麒麟等《きりんとう》も此中《このなか》に入《い》るものと思《おも》ふ。天狗《てんぐ》は印度《いんど》では鳥《とり》としてあるから、矢張《やはり》此中《このうち》に入《い》る。此《この》第《だい》五に屬《ぞく》するものは概《がい》して面白《おもしろ》いものと言《い
前へ 次へ
全14ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊東 忠太 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング