ちくざい》であるから、國民《こくみん》は必然《ひつぜん》これを伐《き》つて家《いへ》をつくつたのである。
 そしてそれが朽敗《きうはい》または燒失《せうしつ》すれば、また直《たゞち》にこれを再造《さいざう》した。が、伐《き》れども盡《つ》きぬ自然《しぜん》の富《とみ》は、終《つひ》に國民《こくみん》をし、木材以外《もくざいいぐわい》の材料《ざいれう》を用《もち》ふるの機會《きくわい》を得《え》ざらしめた。
 かくて國民《こくみん》は一|時的《じてき》のバラツクに住《す》まひ慣《な》れて、一|時的《じてき》主義《しゆぎ》の思想《しさう》が養成《やうせい》された。
 家屋《かおく》は一|代《だい》かぎりのもので、子孫繼承《しそんけいしやう》して住《す》まふものでないといふ思想《しさう》が深《ふか》い根柢《こんてい》をなした。
 否《いな》、一|代《だい》のうちでも、家《いへ》に死者《ししや》が出來《でき》れば、その家《いへ》は汚《けが》れたものと考《かんが》へ、屍《しかばね》を放棄《はうき》して、別《べつ》に新《あたら》しい家《いへ》を作《つく》つたのである。
 奧津棄戸《おきつすたへ》と
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