か』と。
 なるほど、一|應《おう》理屈《りくつ》はあるやうであるが、予《よ》の見《み》る所《ところ》は全然《ぜん/\》これに異《こと》なる。
 問題《もんだい》は決《けつ》してしかく單純《たんじゆん》なものではなくして、別《べつ》に深《ふか》い精神的理由《せいしんてきりゆう》があると思《おも》ふ。
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 日本《にほん》の建築《けんちく》が古來《こらい》木造《もくざう》を以《もつ》て一|貫《くわん》して來《き》た原因《げんいん》は、第《だい》一に、わが國《くに》に木材《もくざい》が豊富《ほうふ》であつたからである。
 今日《こんにち》ですら日本全土《にほんぜんど》の七十パーセントは樹木《じゆもく》を以《もつ》て蔽《おほ》はれてをり、約《やく》四十五パーセントは森林《しんりん》と名《な》づくべきものである。
 いはんや太古《たいこ》にありては、恐《おそ》らく九十パーセントは樹林《じゆりん》であつたらうと思《おも》はれる。
 この樹林《じゆりん》は、檜《ひのき》、杉《すぎ》、松等《まつとう》の優良《いうれう》なる建築材《けんちくざい》であるから、國民《こくみん》は必然《ひつぜん》これを伐《き》つて家《いへ》をつくつたのである。
 そしてそれが朽敗《きうはい》または燒失《せうしつ》すれば、また直《たゞち》にこれを再造《さいざう》した。が、伐《き》れども盡《つ》きぬ自然《しぜん》の富《とみ》は、終《つひ》に國民《こくみん》をし、木材以外《もくざいいぐわい》の材料《ざいれう》を用《もち》ふるの機會《きくわい》を得《え》ざらしめた。
 かくて國民《こくみん》は一|時的《じてき》のバラツクに住《す》まひ慣《な》れて、一|時的《じてき》主義《しゆぎ》の思想《しさう》が養成《やうせい》された。
 家屋《かおく》は一|代《だい》かぎりのもので、子孫繼承《しそんけいしやう》して住《す》まふものでないといふ思想《しさう》が深《ふか》い根柢《こんてい》をなした。
 否《いな》、一|代《だい》のうちでも、家《いへ》に死者《ししや》が出來《でき》れば、その家《いへ》は汚《けが》れたものと考《かんが》へ、屍《しかばね》を放棄《はうき》して、別《べつ》に新《あたら》しい家《いへ》を作《つく》つたのである。
 奧津棄戸《おきつすたへ》といふ語《ご》は即《すなは》ちこれである。
 しかし國民《こくみん》は生活《せいくわつ》の一|時的《じてき》なるを知《し》ると同時《どうじ》に、死《し》の恒久的《こうきうてき》なるを知《し》つてゐた。
 ゆゑにその屍《しかばね》をいるゝ所《ところ》の棺槨《くわんくわく》には恒久的材料《こうきうてきざいれう》なる石材《せきざい》を用《もち》ひた。もつとも棺槨《くわんくわく》も最初《さいしよ》は木材《もくざい》で作《つく》つたが、發達《はつたつ》して石材《せきざい》となつたのである。
 即《すなは》ち太古《たいこ》の國民《こくみん》は必《かなら》ずしも石《いし》を工作《こうさく》して家屋《かをく》をつくることを知《し》らなかつたのではない。たゞその心理《しんり》から、これを必要《ひつえう》としなかつたまでゞある。
 若《も》しも太古《たいこ》の民《たみ》が地震《ぢしん》を恐《おそ》れて、石造《せきざう》の家屋《かをく》を作《つく》らなかつたと解釋《かいしやく》するならば、その前《まへ》に、何《なに》ゆゑにかれ等《ら》は火災《くわさい》を恐《おそ》れて石造《せきざう》の家《いへ》を作《つく》らなかつたかを説明《せつめい》せねばならぬ。
 火災《くわさい》は震災《しんさい》よりも、より頻繁《ひんぱん》に起《お》こり、より悲慘《ひさん》なる結果《けつくわ》を生《しやう》ずるではないか。
       四 耐震的考慮の動機
 一|屋《をく》一|代《たい》主義《しゆぎ》の慣習《くわんしふ》を最《もつと》も雄辯《ゆうべん》に説明《せつめい》するものゝ一は即《すなは》ち歴代《れきだい》遷都《せんと》の史實《しじつ》である。
 誰《たれ》でも、國史《こくし》を繙《ひもと》く人《ひと》は、必《かなら》ず歴代《れきだい》の天皇《てんのう》がその都《みやこ》を遷《せん》したまへることを見《み》るであらう。それは神武天皇即位《じんむてんのうそくゐ》から、持統天皇《ぢとうてんのう》八|年《ねん》まで四十二|代《だい》、千三百五十三|年間《ねんかん》繼續《けいぞく》した。
 この遷都《せんと》は、しかし、今日《こんにち》吾人《ごじん》の考《かんが》へるやうな手重《ておも》なものでなく、一|屋《をく》一|代《だい》の慣習《くわんしふ》によつて、轉轉《てん/\》近所《きんじよ》へお引越《ひきこし》になつ
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