たのである。
 この目的《もくてき》のためには、賢實《けんじつ》なる[#「賢實《けんじつ》なる」はママ]石造《せきざう》または甎造《せんざう》の恒久的宮殿《こうきうてききうでん》を造營《ざうえい》する事《こと》は都合《つがふ》が惡《わる》いのである。
 次《つ》ぎに持統《ぢとう》、文武《もんぶ》兩帝《りやうてい》は藤原宮《ふじはらぐう》に都《みやこ》したまひ、元明天皇《げんめうてんのう》から光仁天皇《くわうにんてんのう》まで七|代《だい》は奈良《なら》に都《みやこ》したまひ、桓武天皇以來《かんむてんのういらい》孝明天皇《かうめいてんのう》まで七十一|代《だい》は京都《けうと》に都《みやこ》したまひたるにて、漸次《ぜんじ》に帝都《ていと》が恒久的《こうきうてき》となり、これに從《したが》つて都市《とし》が漸次《ぜんじ》に整備《せいび》し來《き》たつたのである。
 一|般《ぱん》民家《みんか》もまたこれに應《おう》じて一|代《だい》主義《しゆぎ》から漸次《ぜんじ》に永代主義《えいだいしゆぎ》に進《すゝ》んだ。
 しかしその材料《ざいれう》構造《こうざう》は依然《いぜん》として舊來《きうらい》のまゝで、耐震的工風《たいしんてきくふう》を加《くは》ふるが如《ごと》き事實《じじつ》はなかつたので、たゞ漸次《ぜんじ》に工作《こうさく》の技術《ぎじゆつ》が精巧《せいこう》に進《すゝ》んだまでである。
 それは例《たと》へば堂塔《だうたふ》伽藍《がらん》を造《つく》る場合《ばあひ》に、巨大《きよだい》なる重《おも》い屋根《やね》を支《さゝ》へる必要上《ひつえうじやう》、軸部《ぢくぶ》を充分《じうぶん》に頑丈《ぐわんぜう》に組《く》み堅《かた》めるとか、宮殿《きうでん》を造《つく》る場合《ばあひ》に、その格式《かくしき》を保《たも》ち、品位《ひんゐ》を備《そな》へるために、優良《いうれう》なる材料《ざいれう》を用《もち》ひ、入念《にふねん》の仕事《しごと》を施《ほどこ》すので、特《とく》に地震《ぢしん》を考慮《かうりよ》して特殊《とくしゆ》の工夫《くふう》を加《くは》へたのではない。
 しかし本來《ほんらい》耐震性《たいしんせい》に富《と》む木造建築《もくざうけんちく》に、特別《とくべつ》に周到《しうたう》精巧《せいかう》なる工作《こうさく》を施《ほどこ》したのであるから、自然《しぜん》耐震的能率《たいしんてきのうりつ》を増《ま》すのは當然《たうぜん》である。
         *     *     *     *     *
 建築《けんちく》に耐震的考慮《たいしんてきかうりよ》を加《くは》ふるとは、地震《ぢしん》の現象《げんしやう》を考究《かうきう》して、材料《ざいれう》構造《こうざう》に特殊《とくしゆ》の改善《かいぜん》を加《くは》ふることで、これは餘程《よほど》人智《じんち》が發達《はつたつ》し、社會《しやくわい》が進歩《しんぽ》してからのことである。今《いま》その動機《どうき》について試《こゝろ》みに三|要件《えうけん》を擧《あ》げて見《み》よう。
 第《だい》一は、國民《こくみん》が眞劍《しんけん》に生命《せいめい》財産《ざいさん》を尊重《そんてう》するに至《いた》ることである。生命《せいめい》を毫毛《こうもう》よりも輕《かろ》んじ、財産《ざいさん》を塵芥《ぢんかい》よりも汚《けが》らはしとする時代《じだい》においては、地震《ぢしん》などは問題《もんだい》でない。
 日本《にほん》で國民《こくみん》が眞《しん》に生命《せいめい》の貴《たふと》きを知《し》り、財産《ざいさん》の重《おも》んずべきを知《し》つたのは、ツイ近《ちか》ごろのことである。
 從《したが》つて眞《しん》に耐震家屋《たいしんかおく》について考慮《かうりよ》し出《だ》したのは、あまり古《ふる》いことでない。
       五 耐震的建築の大成
 建築《けんちく》に耐震的考慮《たいしんてきかうりよ》を加《くは》ふるやうになつた第《だい》一の動機《どうき》は都市の建設[#「都市の建設」に丸傍点]である。
 人家密集《じんかみつしふ》の都市《とし》の中《なか》に、巨大《きよだい》なる建築《けんちく》が聳《そび》ゆるに至《いた》つて、はじめて震災《しんさい》の恐《おそ》るべきことが覿面《てきめん》に感《かん》ぜられる。
 いはゆる文化的都市《ぶんくわてきとし》が發達《はつたつ》すればするほど、災害《さいがい》が慘憺《さんたん》となる。從《したが》つて震災《しんさい》に對《たい》しても防備《ばうび》の考《かんが》へが起《お》こる。が、これも比較的《ひかくてき》新《あた》らしい時代《じだい》に屬《ぞく》する。
 第《だい》三の動機《どうき》は、科學の進歩[#「科學の進歩」に丸
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