與《あたふ》ることは先《まづ》ないといつてもよい。
 即《すなは》ち太古《たいこ》の國民《こくみん》は、頻々《ひん/\》たる地震《ぢしん》に對《たい》して、案外《あんぐわい》平氣《へいき》であつたらうと思《おも》ふ。
       二 何故太古に地震の傳説がないか
 頻々《ひん/\》たる地震《ぢしん》に對《たい》しても、古代《こだい》の國民《こくみん》は案外《あんぐわい》平氣《へいき》であつた。いはんや太古《たいこ》にあつては都市《とし》といふものがない。
 こゝかしこに三々五々のバラツクが散在《さんざい》してゐたに過《す》ぎない。巨大《きよだい》なる建築物《けんちくぶつ》もない。
 たとひ或《ある》一二の家《いへ》が潰倒《くわいたう》しても、引《ひき》つゞいて火災《くわさい》を起《お》こしても、それは殆《ほとん》ど問題《もんだい》でない。
 罹災者《りさいしや》は直《たゞち》にまた自《みづか》ら自然林《しぜんりん》から樹《き》を伐《き》つて來《き》て咄嗟《とつさ》の間《ま》にバラツクを造《つく》るので、毫《がう》も生活上《せいくわつじやう》に苦痛《くつう》を感《かん》じない。
 いはんやまた家《いへ》を潰《つぶ》すほどの大震《たいしん》は、一|生《しやう》に一|度《ど》あるかなしである。太古《たいこ》の民《たみ》が何《なん》で地震《ぢしん》を恐《おそ》れることがあらう。また何《なん》で家《いへ》を耐震的《たいしんてき》にするなどといふ考《かんが》へが起《お》こり得《え》やう。
 それよりは少《すこ》しでも美《うつく》しい立派《りつぱ》な、快適《くわいてき》な家《いへ》を作《つく》りたいといふ考《かんが》へが先立《さきだ》つて來《き》たらねばならぬ。
 若《も》しも太古《たいこ》において國民《こくみん》が、地震《ぢしん》をそれほどに恐《おそ》れたとすれば、當然《たうぜん》地震《ぢしん》に關《くわん》する傳説《でんせつ》が太古《たいこ》から發生《はつせい》してゐる筈《はず》であるが、それは頓《とん》と見當《みあ》たらぬ。
 第《だい》一|日本《にほん》の神話《しんわ》に地震《ぢしん》に關《くわん》する件《けん》がないやうである。
 有史時代《いうしじだい》に入《い》つてはじめて地震《ぢしん》の傳説《でんせつ》の見《み》えるのは、孝靈天皇《かうれいてんのう》の五|年《ねん》に近江國《あふみのくに》が裂《さ》けて琵琶湖《びはこ》が出來《でき》、同時《どうじ》に富士山《ふじさん》が噴出《ふんしゆつ》して駿《すん》、甲《かふ》、豆《づ》、相《さう》の地《ち》がおびたゞしく震動《しんどう》したといふのであるが、その無稽《むけい》であることはいふまでもない。
 つぎに允恭天皇《いんけうてんのう》の五|年《ねん》丙辰《ひのえたつ》七|月《ぐわつ》廿四|日《か》地震《ぢしん》、宮殿《きうでん》舍屋《しやをく》を破《やぶ》るとある。
 次《つ》ぎに推古天皇《すゐこてんのう》の七|年《ねん》乙未《きのとひつじ》四|月《ぐわつ》廿七|日《にち》に大地震《おほぢしん》があつた。
 日本書紀《にほんしよき》[#「日本書紀《にほんしよき》」は底本では「日本書記《にほんしよき》」]に七年夏四月乙未朔辛酉、地動、舍屋悉破、則令四方俾祭地震神とあるが、地震神《ぢしんかみ》といふ特殊《とくしゆ》の神《かみ》は知《し》られてゐない。
 要《えう》するに、このごろに至《いた》つて地震《ぢしん》の恐《おそ》ろしさが漸《やうや》く分《わ》かつたので、神《かみ》を祭《まつ》つてその怒《いか》りを解《と》かんとしたのであらう。
 爾來《じらい》地震《ぢしん》の記事《きじ》は、かなり詳細《せうさい》に文献《ぶんけん》に現《あらは》れてをり、その慘害《さんがい》の状《じやう》も想像《さうざう》されるが、これを建築發達史《けんちくはつたつし》から見《み》て、地震《ぢしん》のために如何《いか》なる程度《ていど》において、構造上《こうざうぜう》に考慮《かうりよ》が加《くは》へられたかは疑問《ぎもん》である。
       三 なぜ古來木造の家ばかり建てたか
 論者《ろんしや》は曰《いは》く、『日本太古《にほんたいこ》の原始的家屋《げんしてきかをく》はともかくも、既《すで》に三|韓《かん》支那《しな》と交通《かうつう》して、彼《か》の土《と》の建築《けんちく》が輸入《ゆにふ》されるに當《あた》つて、日本人《にほんじん》は何《なに》ゆゑに彼《か》の土《と》において賞用《しやうよう》せられた石《いし》や甎《せん》の構造《こうざう》を避《さ》けて、飽《あ》くまで木造《もくざう》一|點《てん》張《ば》りで進《すゝ》んだか、これは畢竟《ひつけう》地震《ぢしん》を考慮《かうりよ》したゝめではなからう
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