日本建築の發達と地震
伊東忠太

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)昔《むかし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)覺《かく》三|氏《し》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)外人《ぐわいじん》[#ルビの「ぐわいじん」は底本では「ぐわんじん」]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)そも/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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       一 太古の家と地震
 昔《むかし》、歐米《おうべい》の旅客《りよきやく》が日本《にほん》へ來《き》て、地震《ぢしん》のおほいのにおどろくと同時《どうじ》に、日本《にほん》の家屋《かをく》が、こと/″\く軟弱《なんじやく》なる木造《もくざう》であつて、しかも高層建築《かうそうけんちく》のないのを見《み》て、これ畢竟《ひつきやう》地震《ぢしん》に對《たい》する災害《さいがい》を輕減《けいげん》するがためであると解《かい》してくれた。
 何事《なにごと》も外國人《ぐわいこくじん》の説《せつ》を妄信《まうしん》する日本人《にほんじん》は、これを聞《き》いて大《おほ》いに感服《かんふく》したもので、識見《しきけん》高邁《かうまい》と稱《せう》せられた故《こ》岡倉《をかくら》覺《かく》三|氏《し》の如《ごと》きも、この説《せつ》を敷衍《ふえん》して日本美術史《にほんびじゆつし》の劈頭《へきとう》にこれを高唱《かうしやう》したものであるが今日《こんにち》においても、なほこの説《せつ》を信《しん》ずる人《ひと》が少《すくな》くないかと思《おも》ふ。
 少《すくな》くとも日本建築《にほんけんちく》は古來《こらい》地震《ぢしん》を考慮《かうりよ》の中《なか》へ加《くは》へ、材料《ざいれう》構造《こうさう》に工風《くふう》を凝《こ》らし、遂《つひ》に特殊《とくしゆ》の耐震的樣式手法《たいしんてきやうしきしゆはふ》を大成《たいせい》したと推測《すゐそく》する人《ひと》は少《すくな》くないやうである。
 予《よ》はこれに對《たい》して全《まつた》く反對《はんたい》の意見《いけん》をもつてゐる。今《いま》試《こゝろ》みにこれを述《の》べて世《よ》の批評《ひへう》を乞《こ》ひたいと思《おも》ふ
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