「おい、久子――上山が金が入つたから正衞に奢るつて、富士見町にさそつたんだつてさ。あの上山が――さんざ正衞を先生先生と云つておきながら。奢る? だとさ」伯父はいつになく揶揄[#「揶揄」は底本では「揶喩」]するやうな調子で言つた。
坂を登りつめると少しばかり平地がつづいて、ひらけた眼界には靜かな相模灘の紺青がほのかな伊豆の嶋を浮かべて、初夏の空と圓く連なつてゐた。老人も若い人々もしばらく一樣に立ち止つてはればれとその風景に見とれてゐた。
「お祖母さんのおかげで小田原の海も久しぶりに見ましたよ――」と東京の伯母が眞底からうれしさうに言つて腰をのばした。
「いい景色だよ――」一ばん小さい高村の從兄が大人のやうな口をきいたので、一同は他愛もなく笑ひこけた。
「さあもう一息だ――」高村の伯父が肥つた體を動かしだしたのをきつかけに、一行は又ガヤガヤとさわぎながら平地の麥畑を通りぬけて坂にかかつた。
急な勾配を登り終へたところに細い青竹を組んだ木戸があつた。それを入ると大きな椎の木のかげに粗末なあづま屋がたつてゐた。一行はそこに入つて汗を落ちつけながら一休みした。
「お煙草召しあがる方はようござ
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