た。
一ばん左のはじの扉の前には、素燒の線香立てと、しきみの葉が飾られてあつた。高村の伯父が火をつけた線香を一本づつみんなに配つた。そして一同は妙にひきつつた樣な緊張した面持で、それを一本一本かたくなつた灰の上につきさしては扉にむかつて手を合せた。
それがすむと、どこからか二人の隱坊が出て來て扉の錠をガチャリと廻した。物も言はないその二人の人物は、全く違つた世界に住む人々の樣に、だまつて觀音開きの扉をあけた。
何かおしやべりをしてゐた子供達まで急におびえたやうに靜まりかへつた。
暗がりの中からガラガラと音をたててひき出された厚い鐵板の上にはふわふわと吹けば飛びさうな白い灰が小高く積つてゐた。ただそれと解る位黒くなつた頭部と、骨盤から下肢の骨とがその灰の中にうづまつてゐた。そして足の方らしい所には納棺の時に入れた鞋がそのままの形で灰になつてゐた。
東京の伯母と母とが同時に手を合せて、
「ああ、おばあさん――」と言つた。
他の者はみな一樣にひきつつた樣な沈默の中にはたらく隱坊たちの指圖をまつてゐた。隱坊たちは「どうぞ――」と言つて、すぐ影のやうにどこかにかくれてしまつた。臺の上に、鐵板のままのせられた灰の中から、一同は青竹の箸で小さな骨片を拾ひあげた。
「この黒い所が病氣だ」と高村の伯父が頭部の黒いふかふかした腦細胞らしいものを箸の先で拾ひあげて壺の中に入れた。
目の惡い東京の伯母が、母に示された小さな骨をおぼつかない手つきで拾ひあげてゐるのがたまらなかつた。
恭介伯父が、一かけらをも見のがすまいとして細い箸の先で、木の燒け殘りと骨とをえり分けてゐるのもいたましかつた。
骨はかなり大きな素燒の壺と小さな曲物とに分けて納められた。白い布に包まれた壺を私の弟と從兄とが代り代りに持つて、一同は來た道とは反對の山道を通つて町はづれの長寺にむかつた。
雜木林の山をぬけると、その中腹にたつた中學の大きな校舍のそばに出た。
道は細くてやや急な勾配であつた。落葉がみんなの足の下でガサゴソと鳴つた。
「春だのに――何の葉かしら」と私がひとりごとのやうに言つた。
「櫟ぢやありませんか――ツルゲネーフの小説によく出て來る。櫟の葉は春、若葉が出ると一緒に散ります」と小説家の從兄が説明した。
春の落葉をふんで私たちは山を下りた。
夕方、靜岡の伯父は分骨の小さな包をもつ
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