な立場を子ども管理の具体的な仕事として推し進めようと語りあったのだった。この語りあいのなかで、あるわかい女教師はしみじみといった。
――K子さんが、わたしたちの学校にいたら、石をしょわずにすんだと思うの。
この教師のいる学校には、すでに民主の風が職員室のすみまで流れていた。わかい教師たちの発言が自由に、しかも強い位置をしめ、子どもの問題も、教育の問題も、教養の問題も、ともに語りともに苦しみ、ともに解決するための組織ができていた。教師たちの生活を守り、民主教育を推し進めるための組合運動についても正しい理解をもち、組合は、教師たちの新しい教養、読書会、研究会をわかい人々の推進によって活発に行っている。このわかい教師たちは、自分たちの不幸や、苦しみをうちやぶるものは、自分たちの頭脳や倫理や生活を自らの力によって民主的にきずきあげること以外に方法はないことをはっきり自覚している。石をしょわずにすむということの方法は、このような積極的な建設への途をすすむか、あるいは一切の良心をくらやみに押し流して逃避と日和見の生活態度を生きるかの二つにつきる。
わかい世代をつくりあげるわかい教師の生きる道
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