郎さん」
 跳ね上げた、大きな黒マントの下から、白い細い手が二本、抱き寄せようとでもするように、竜太郎の方に、突き出されている。
「……竜太郎さん、……竜太郎さん。早く、早く。……どうぞ、この馬車へ! 追手が来ますから……」
 声の主は、エレアーナ王女だった。白い美しい面輪の中に、不安と恐怖の色をうかべながら、息も絶えだえに叫んでいる。
「早くして、ちょうだい。どうぞ、早く」
 竜太郎は、ひと跳びに馬車の方へ跳んで行って、その中へ転げ込んだ。
「エレアーナ!」
「あなた……あなた。……死ぬまでかわらないと誓ったでしょう。どうぞ、わたしといっしょに、死んで、ちょうだい」
 返事の代りに、竜太郎は王女の身体を、精いっぱい抱き締めた。力のあらん限り。
 馬車は、国境に向って、走り出した。馬を御しているのは、敏感そうな顔をした、あの、ヤロスラフ少年だった。

「墓地展望亭」の窓が暮れかけて、二人の顔が、薄闇のなかに、ぼんやりと白く浮いていた。窓から射し込む桃色の余映が、王女の頬の上にたゆたって、ちょうど、そこに、薔薇の花でも咲き出したように見えるのだった。
 志村氏が、つづけた。
「……二人は
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