暗く、深かった。宵のうちに、ちらと月影がさしたが、間もなく、また暗澹たる黒雲におおわれてしまった。ただ見る赭土の丘と、岩とわずかばかりの泥楊だけの、荒涼たる風景だった。風が吹いているとみえ、楊がゆるやかに体をゆすっていた。
どこへ連れてゆかれるのか、竜太郎は、まるっきり知らなかった。停車場へ行くのかと思っていると、そこを右に折れて、人家のまばらな郊外の方へ出て行く。これで、もう、一時間も、走りつづけているのだった。
岩山の裾を廻ると、はてしもない黒い原野が、眼の前に展けてきた。
とつぜん、自動車が停った。
肩幅の広い、武骨なようすをした運転手が、自動車の扉を開けると、竜太郎の旅行鞄を車からひき出し、それを、泥濘の上へおいた。
「|ここで、お降り願います《プリーズ ダウン・ヒア》」
竜太郎は、呆気にとられて、その顔を眺めていた。
運転手は、もう一度繰り返した。
「ここでお降り願います」
その声の調子のなかに、抵抗しがたい、強圧するような調子があった。竜太郎は、車から降りた。
竜太郎を車から降ろすと、自動車は、赤い尾灯《テール・ランプ》を光らせながら、いま来た方へ走り去って
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