、顔をあげた。自若とした色があった。
「それは、申し上げられません。たとい、殺されても」
みなまで、聞いていなかった。服の襟のところを引ッつかむと、跳腰で力任せに壁へたたきつけた。
ヤロスラフ少年は、激しい勢いで壁に身体をうちつけ、夜卓の上のものと一緒くたになって床のうえに落ちた。竜太郎は大股で、その方へ近づいて行った。ヤロスラフ少年は、仰向けに床のうえに長くなって、大きな眼を開けていた。竜太郎は、両手で、ヤロスラフの咽喉を攻めた。
「言え!」
ヤロスラフの顔から、スーッと血の気がひいてゆく。それでも、眉ひとつ動かそうとしなかった。
竜太郎は、根まけがして、咽喉から手を放した。何だか、急に情けない気持になって、ヤロスラフ少年をひき起して、椅子にかけさせた。竜太郎は、微笑してみせた。
「もういい。言いたくなかったら、言うな。……その方は、それでいいが、いったい、今日は、何しにやって来たんだね?」
ヤロスラフ少年が、きっぱりした口調で、こたえた。
「写真を、お返しに上りました」
意外な返事だった。呆気にとられて、何と言っていいのか、咄嗟に考えが浮ばなかった。ヤロスラフ少年は机の
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