も感じなかったような、たとえようもない誇らしさと、矜持と、優越を感じながら、竜太郎が、こたえた。
「私は日本人です!」
老人は、口の中で、ほう、というような短い驚嘆の叫びを上げてから、
「その、日本人のあなたが、どうして、こんなところへ……」
竜太郎は、エレアーナ姫と偶然に南仏の海岸で知り合いになったことを話し、たいへん思い出の深いお交際だったので、戴冠式の晴れの行列を見物しようとしてやって来たこと。今日、河沿いの街で、王女が灰色の外套を着た男たちに引き立てられてゆくところを見て、われを忘れて、その男たちを打倒したまでのことを語った。
ふと、眼を上げて見ると、いつの間にか、じぶんの周囲に人垣ができていた。杞憂と不安と混ぜ合せたような幾つかの眼が、瞬きもせずに竜太郎を見おろしていた。やがて、そこここに口早やな囁きが起った。いまの竜太郎の話を相手に通訳してやっているのだった。圧しつけたような呻き声や嗟歎の声が、波のようにその人垣を揺り動かした。
穹窿の柱のあたりで、啜り泣くような祈祷の声が起った。
「|神よ願わくば王女を助け給え《ヰタ・レジナ・ヂイ・アメント》」
五人ばかりの人が
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