き、突然、後頭部に眼の眩むようなひどい衝動を受け、それっきり、何もわからなくなってしまった。
頭の痛みは、いまも、そこからくるらしかった。突き刺すような疼痛をこらえながら、そろそろと手を上げて、指で後頭部にさわると、指先にヌルッとしたものが触った。藁が何かじめじめしているのは、じぶんの頭から流れ出した血で濡れているのだった。
(頭の傷など、どうだっていいが)
何か大きな手で、心臓をひと掴みにされたような衝動がきた。身体じゅうの血が一斉に心臓へ向って逆流した。
(それにしても、エレアーナ王女はどうなったろう)
肘から血を滴らし、紙のように白くなった王女の顔が、悪夢のように網膜にまつわりつく。映画の大写しのように、突然、顔だけになったり、石鹸玉のようによろめいたりする。竜太郎と、ふと顔を合したときの、あのたとえようのない悲しげな眼差。そのくせ、どこか諦めきったような静謐な色を浮べながら、目礼でもするかのような、ほのかな眼使いをした。
(王女も、この地下牢のどこかにいるのではなかろうか)
思いもかけなかった愉悦の感情が、春の水のように、暖かく心をひたし始めた。
(じぶんのすぐ側に、あ
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