竜太郎は、真先に来たのを体当りで押しころがしておいて、二番目の、見上げるような大男の剣帯をギュッとひっ掴んだ。跳腰が見事にきまって、靴底を空へ向け、両足で孤をかきながら、車道の方へ落ちていった。
竜太郎は、精悍な表情で、ピッタリと石壁に背をつけ、ゆっくりとペン・ナイフの刃を起していた。
十
竜太郎は、悪臭のする、じとじとと湿った敷藁のうえで、ボンヤリと眼を開いた。灰色の軍用混凝土《シマン・ダルメ》で塗りかためられた穹窿《アーチ》形の天井が低く垂れさがり、やや隔ったところで、裸の電灯がひとつ冷酷な光を投げていた。ムッとするような体臭と人いきれと、長い廊下の方から来る、地下室に特有な冷湿な風と馬尿の匂いが複雑に混淆して、強く鼻孔を刺戟した。
ガランとした部屋の中には二十人ばかりの人がいる。穹窿の太い柱に背をもたせて撫然としているものもあれば、リズミカルな歩調で壁にそって歩きまわっているものもある。円座になった七八人の一団。腕を組合せて立っている二人。その奥の人影は朦朧と影のようにゆらめいていた。しめやかとも言えるような空気がこの広い場所を領し、廊下を振子のように往復する
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