ポール・ジャルウの二人の名前になっていた。
 士官の表情のなかから、ふと、辛辣な色が消えた。
「よろしい。滞在日数は?」
「いまのところ、まだ未定です」
「毎朝陸軍司令部へ出頭して査証《ヴィザ》を受けて下さい」
 竜太郎は、車室へかえった。汽車はゆるゆると動き出した。
 陸軍司令部……。ただならぬ感情が、じかに、胸にせまった。
(いったい何が起ったんだろう? )
 ※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]たけたエレアーナ王女が、チラと瞼の裏をよぎった。
 列車は、短い隧道をいくつもくぐりぬけ、大きな停車場に走り込んだ。
 マナイール!
 立ち上りかけて、竜太郎は、よろめいた。気の遠くなるような一瞬だった。
 停車場の前の広場は、雨気をおびた雲の下で、黒々としずまりかえっていた。一人の人影もなかった。
 ぼんやりとした遠近図《ペリスペクチフ》をかく家並の線。どの窓も、みな閉され、ちらとも灯火が洩れなかった。この首府は、喪に服しているような、深い沈黙のなかに沈み込んでいた。
 運河をへだてた、やや近い森のうしろから、サーチライトの蒼白い光芒が、三条ばかり横ざまに走り出し
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