五年、軽佻浅膚な社交界を泳ぎまわっているうちに、いつのまにかその習俗に茶毒《とどく》され、日本から受け継いだ、男としての気概などは跡かたもなくなって、風船玉のような尻腰のない、へなちょこな魂ができあがった。いっぽう、そういう生活に対する鋭い懐疑と、絶えまない反省がある。放蕩と反省と懐疑の、役にも立たぬこの三つの相剋のなかで、竜太郎それ自身まですっかり見失ってしまった。気概どころか、意志もなければ信念もない。……人間のぬけがら。そういう、へなへなな魂が、じぶんの女を、せめて、街路樹の蔭からでもひと目見てこようなどという、しみったれたことを思いつかせるのである。
 ちょうど、天の啓示でも受けたように、薄目をあけていた昔の心が、いっぺんに覚醒する。
 竜太郎は、うめくように、呟いた。
「しみったれた真似はよせ! なによりも、じぶんらしく、日本人らしく、多少、気概のある行動をして見せろ。ひと目見たら死ぬにしても、そうでなくては、浮ばれないぞ」
 じぶんにとっては、あの少女は、ひと夜さ同じ夢をみたひとりの女にすぎない。むこうが王女なら、こちらも、日本の男いっぴき、なにもコソコソするにはあたらない
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