が登位してステファン五世となり現在に及んでいる。エレアーナ女王殿下は……
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「エレアーナ女王殿下……」
 竜太郎は、手荒く本を閉じる。
 あの小さな娘と、いまリストリア王国の女王の位にのぼろうとしている王女《プランセス》とが同じ女性だと信じまいとする。あの夜の娘は、王女などではなくて、南仏のどこかのホテルの土壇でいつかのように海を眺めているのにちがいない。もし、そうだったら、どんなに有難いか、などとかんがえる。
 しかし、ちょっと例のないような美しさも気品も、あの寛濶さも、今にして思いかえすと、たしかに卑俗の所産ではなかった。
 竜太郎は、椅子の背に頭を凭らせて、軽く眼を閉じる。……あの夜の記憶が、忘れていたような細かいところまで、おどろくほどはっきりと心に甦ってくる。
 なんとも言えぬ厚味のある鷹揚な態度。どんな時でも悪びれないあの落着きかた。……ちょっとした眼づかいの端々にも、高貴《ノーブルテ》の血型が明らかにうかがわれた。
 と、すると、あの夜の少女は、やはり、リストリアの王女だったと思うよりほかはないのであろう。
 竜太郎は、悒然とした顔つきで椅子から
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