やっと越えたばかりの、この世のものとも思われぬような美しい面ざしの婦人である。
 二人は、毎月、八日の午後四時頃になるとやって来て、第二通路の角の大理石の墓碑に花束を置き、一ときほどここの土壇《テラッス》で休んでは、睦まじそうに腕を組んで帰ってゆく。
 ある夏の夕方、私は墓地の中を気ままに散歩していたが、ふと、あの二人がどういう人の墓に詣でるのかと思い、廻り道をしてその墓のあるところへ行って見た。
 それは、カルラロの上質の大理石に、白百合の花を彫った都雅な墓碑でその面には、次のような碑銘が刻まれていた。

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リストリア国の女王たるべかりしエレアーナ皇女殿下の墓。――一九三四年三月八日、巴里市外サント・ドミニック修道院に於て逝去あらせらる。
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神よ、皇女殿下の魂の上に特別の御恩寵を給わらんことを、切に願いまつる。
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    一

 もう、そろそろ冬の「社交季節《セエゾン》」が終りかけようとしているので、ホテルの広い食堂には、まばらにしか人影がなかった。
 志村竜太郎は、海に向いた窓のそばの食卓に坐って、ぽつねんとひと
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