ただけでした」
少女がこのホテルに泊っているのでないらしいことは、竜太郎はうすうす知っている。だまって行ってしまったとすれば、ほとんど探し出すあてはないのだった。サン・ラファエルからモンテ・キャルロまでの、この碧瑠璃海岸《コート・ダジュール》にある無数のホテルを、どういう方法でたずね廻ろうというのか、名前さえも知らないのに。
(一分毎に、あの娘は遠くなる)
気が焦ら立って来て、じっと立っていられなかった。
竜太郎は、せわしく足を踏みかえながら、
「帳場《ビュウロ》は何時に開くのか」
不寝番は、ゆっくりとニッケルの懐中時計をひき出しながら、
「まず、大体……」
とても、待っていられなかった。
「よしよし、自分で行って見る」
竜太郎は長い廊下を帳場のほうへ駆けながら大きな声で叫んだ。
「なんて馬鹿なことをしたんだ。……このくらいのことは、もっと早く気がついていなくてはならなかったんだ。……だが、どんなことがあっても、もう一度逢って見せる。……どんなことがあっても!」
帳場では、番頭がちょうどやって来たばかりのところだった。
「昨日着いた客の中に、もしか二十歳ばかりのブロンドの
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