1−26]たけた面ざしは描き得なかったであろう。地上のものではなく、まさに、天上界に属すべき美であった。
竜太郎は、ほのかな星の光の下で、このようなたぐいない美しい少女の顔を眺めながら、心の中で、呟いた。
(たしかに、今まで見たどの女性より美しい)
しかし、そのために格別心を乱されるようなことはなかったので、沈み切った声で、もう一度繰り返した。
「失礼ですが、お嬢さん、それは、私の椅子です」
ちょうど、そこに赤い葩《はなびら》がひとつ落ち散っているようにも見えるかたちのいい唇を、すこし開けて、竜太郎の顔をふり仰いだまま、返事もしなければ、まじろぎもしないのである。
竜太郎は、丁寧に、もう一度くりかえした。
「あなたは、私の席に坐っていらっしゃるんです、お嬢さん」
少女はようやく身動きした。夢のつづきをふり払おうとでもするように軽く頭をふると、
「なんとおっしゃいましたのですかしら」
その声の中には、この世で最も清純なもののひびきがあった。
「その椅子は、私がひとりでいるために、とってあるのだともうしあげているんです」
少女は、ゆっくりと顔をふせて、
「あら、そうでしたの。ちっともぞんじませんでしたわ、あたし」
それで、立上るかと思いのほか、ずれ落ちていた鼬鼠《エルミン》のケープを肩に纒いつけると、のびのびと脚を伸ばしながら、落着いた声で、
「あたくしも、そうなの。……あたしも、ひとりでいるほうが好きなの」
そして、また、海のほうへ向くと、それなり動かなくなってしまった。竜太郎は、腹が立ってきた。それで、また、ひと足進み寄ると、すこし厳しい声で、いった。
「明日からは、ご自由にお使いくださって差支えないのです。でも、今晩は……」
少女は、こちらに背中を向けたまま、
「今晩はいけなくて、どうして、明日になれば使ってよろしいの」
「明日、私はいなくなります」
「お発ちになりますの」
竜太郎は、低い声で、いう。
「明日、私は死ぬのです。ここの海で」
また沈黙がつづいて、それから少女がこういう。
「じぶんで死ぬのは、なかなか勇気がいりますわ。……あたくしも、それは知っています」
二
アンチーブの灯台の蒼白い光芒が、海の上を手さぐりはじめる。瞬間、突堤《ジュッテエ》の腹を白く浮きあげ、よろめくように水平線の向うへ這いずってゆく。
(うるさい。……何を、どう知ってるというんだ。なんでも、いいから、早くどこかへ行ってしまえ)
竜太郎は、不機嫌な声で、
「死ぬよりも、生きて行くほうが、もっと勇気の要る場合だってありそうですね」
「それも、ぞんじていますわ」
聞きとりにくいような低い声でそう言うと、少女は、竜太郎のほうへ白い顔をふり向けた。頬のうえにまた、涙がすじをひいていた。
(勝手に泣いていろ)
竜太郎は、大きな声を出したくなるのを我慢しながら、ゆっくりと煙草に火をつける。
少女は、あわれにも見えるような、ともしい笑顔をつくって、
「あなた、悲しいことがおありなの」
少女は、チラと眼をあげて、怒ったような顔で突っ立っている竜太郎のようすを見ると、ケープに顎を埋めて萎れかえってしまったが、ちょっとの間沈黙したのち、おずおずと、おなじことを問いかけた。
「悲しいことが、おありなの」
竜太郎は、やり切れなくなって、軽く舌打ちした。
「たいへんに、ね」
「愛情のことで?」
竜太郎は、すこし大きな声をだす。
「死ぬことにきめたから、それで、死のうと思うだけのことです。……それはそうと、あなたはずいぶん変った香水をつかっていますね、お嬢さん」
(おやおや、おれは、いったい何を言い出す気なんだ)
少女は、急に元気になって、得意らしくうなずいてから、
「そうお思いになって?」
「なんという名の香水ですか」
「名前なぞありませんのよ。あたくしだけが持っている香水なの」
(香水屋の娘なのか、こいつは)
どんな素性の娘なのか、訊ねて見たくなった。
「お嬢さん、あなたのお名は、なんとおっしゃるの」
少女は、かすかに眉のあたりを皺ませると、まるで聞えなかったように、海のほうへ向いてしまった。
「私はね、志村竜太郎というんです。……日本人。……あなたは? お嬢さん」
こちらへ、白い頸を見せたまま、消え入るような声でこたえた。
「ただ、『女』……」
(なにを、くだらない)
竜太郎は、かすかに軽蔑の調子を含めて、
「それだって、結構ですとも」
少女は吸いとるような眼つきで竜太郎の眼を瞶めながら、
「あなた、さっき、そうおっしゃいましたね。……明日になったら……」
「死ぬ。……そう言いました」
「ほんとうに、お死にになるおつもり?……あたくしに、誓うことがお出来になって?」
「あなたに、それを誓うと、どうなるとい
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