大音寺《だいおんじ》前の田川屋《たがわや》や三谷橋《さんやばし》の八百善《やおぜん》などでお目にかかっておりました。……そのころお年齢《とし》は二十八で、※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たげなとでも申しましょうか、たいへんに位のあるお顔つきで、おとりなしは極《ご》くお優しいのですが、なんとなく寄りつきにくいようなところもあって、打ちとけた話もたんとはございませんでした」
路考は、茶を一口|啜《すす》って、掌《たなごころ》の上で薄手茶碗の糸底《いとぞこ》を廻しながら、
「……そうして二、三度お逢いした後のある朝、いつも供《とも》に連れておいでになる腰元《こしもと》がまいりまして、何とも言わずに置いて行った螺鈿《らでん》の小箱。開けて見ますと、思い掛けない、つけ根から切りはなした蚕《かいこ》のようなふっくらとした白い小指が入っておりました。……この以前も、このようなものをむくつけに送りつけられたことはないでもございませんでしたが、いたずらな町家娘《まちやむすめ》とわけがちがい、向《むこう》さまは由《よし》あるお公卿さまのお姫さま。そんなご身分の方が、あ
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