いが、あっしもお供しましょう。役者に女、と、ひと口に言うが、あの路考ッて奴ほど薄情な男はない。いよいよとなったら、あっしも少し言ってやることがあるんです」
源内が先に立って、楽屋口から頭取座の方へ行くと、瀬川菊之丞《せがわきくのじょう》が、傾城《けいせい》揚巻《あげまき》の扮装《いでたち》で、頭取の横に腰を掛けて出を待っている。
五歳の時、初代路考の養子になり、浜村屋瀬川菊之丞を名乗って、宝暦《ほうれき》六年、二代目を継いで上上吉《じょうじょうきち》に進み、地芸《じげい》と所作をよくして『古今無双《ここんむそう》の艶者《やさもの》』と歌にまでうたわれ、江戸中の女子供の人気を蒐めている水の垂れるような若女形。
源内先生は、大体に於て飾りっ気のないひとだが、こんなことになると、いっそう臆面がない。
薄葉を手に持って、ズイと路考のそばへ寄って行くと、
「路考さん、突然で申訳ないが、この手紙は、あなたがお書きになったのでしょうね」
路考は、何でございましょうか、と言いながら、パッチリを塗った白い手を伸して、それを受取って、ひと目眺めると、どうしたというのか、見る眼も哀れなくらいに血の
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