方の壁に寄せて物々しいまでに唐書《とうしょ》を積上げてある。書箱の傍《かたわら》に紫檀の書卓と椅子があって、その下に見事な豹の皮が敷いてある。
 机の上には銀の燭台が造付けになっていて三分の一ばかり燃え尽した支那蝋燭が差込まれている。
 部屋の中には奉行始め出島乙名、甲必丹《カピタン》オルフェルト・エリアスと館員一同、与力と同心が五人ずつ、吉雄幸左衛門、西善三郎、案内を出した人は一人も洩れなく先着していて、何事が始まるのかといった顔付で思い思いのところへ控えている。
 源内先生は、藤十郎と福介を下座の席へ置き、一同の前に進んで一礼してから、
「今夕《こんせき》、ここへお集まり願ったのは、他のことでもありません。既にお聴き及びのことでございましょうが、同じ七月の十五日に、江戸、大阪、長崎とこの三つの場所でそれぞれ三人の人が殺され、その三人はじぶんの加害者が陳東海だと申立ております。諸兄のご思惟《しい》にありますように、人間として江戸と大阪と長崎で同日同刻にそれぞれ三人の人間を殺すなどということが出来得べき筈のものではない。これには何か必ず手段がなくてはならぬのであります。思うに、陳東海は
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