》のほうは、これでどうやら事なくすんだが、これから先がたいへん。
呉服橋北町奉行所《ごふくばしきたまちぶぎょうしょ》、曲淵甲斐守《まがりぶちかいのかみ》のお手先、土州屋伝兵衛《としゅうやでんべえ》。神田|鍋町《なべちょう》の氏子総代で麻上下に花笠。旦那のように胸を張って二十七番の山車に引き添っていた。
屋台車といっしょにお曲輪内へはいったが、そのうちに、麹町の象の曳物の胸から血が出たという噂が、誰の口からともなく風のように伝わってきた。
供奉《ぐぶ》のほうは放ったらかし、象を曳込んだという麹町一丁目の詰番所まで横ッ飛びに駆けてきて、ズイと葭簀の中へはいると、一足先に、そこへ来ていたのが、南町奉行所のお手付同心の戸田重右衛門《とだじゅうえもん》。これが、出尻伝兵衛《でっちりでんべえ》の敵役《かたきやく》。
もとは、麹町平河町の御用聞で、先年同心の株を買い、以来、むかしのことを忘れたように権柄《けんぺい》に肩で風を切る役人面。いよう、と言えば、下《さが》るはずの首が、おう、と逆に空へ向くやつ。お前らとは身分がちがうという風に碌《ろく》な挨拶さえ返さない。これでは伝兵衛でなくとも癪《
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