ういう理由によって象が胸から血を滴《た》らした。……里春は象の腹の窪みの中で死んでいたというから、血が滲み出すなら胸からなどではなく腹から滴《したた》るはずだ。このわけが、お前にわかるか」
伝兵衛は、面喰って、
「どうも、だしぬけで、あっしには、何のことやら……」
「なぜ腹から血が滴れないかと言えば、外へ血が滲み出さないように、あらかじめちゃんと支度がしてあったからだ。わしの考えでは、ちょうど血の溜りそうな象の腹の内側を桐油張《とうゆば》りかなにかにして置いたのだと思われる。……ところが、美濃清は、象が梨の木坂を降りることをうっかり計算に入れなかった。……天網恢々《てんもうかいかい》、象が梨の木坂を降りた拍子に腹に溜っていた血がみな胸のほうへ寄ってゆき、計らざりき、思いもかけない手薄なところから滲み出してしまったというわけだ。上手《じょうず》の手から洩れるというのはこの辺のことを言うのだろう。これから推すと、美濃清は、やはり象の後の脚のからくり[#「からくり」に傍点]を知っていたんだな。……言うまでもない、こりゃア、恋の怨みで定太郎を突き落すための仕業なのさ」
「すると、美濃清は、い
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