るとき、その場に定太郎がいなかったとすれば、里春を殺したのは、定太郎ではないわけだ」
「こりゃア驚いた、先生もずいぶんわからない。今も言ったように、四人の中で、定太郎だけが脚から象の胎内へはいって行けるんですぜ」
「入って行けないとは言わないが、象を担ぎながらひとは殺せない。それに、菘庵が里春が二刻前に死んでると言った事実だけは、どうしたって動かすことが出来ないのだ。俺は、かならずしも定太郎が殺したのではないと言わないが、里春が殺されたのは、何といったって練出す前だったことだけはまぎれもない」
「すると、血の方はいったいどうなります。……どうしたって永田馬場を曳出す前に沁《し》み出していなければならないはずでしょう」
「何でもないようだが、そこに、この事件のアヤがある。……はてな」
 源内先生は、腕組をして、ひどくムキな顔をして考え込んでいたが、間もなく、ポンと横手を拍《う》って、
「伝兵衛、わかった! 里春を殺したのは、定太郎でもなければ、担呉服でもない。いわんや、植亀などではない。こりゃアやっぱり美濃清の仕業だ」
「そ、そりゃ、いったい、どういうわけです」
「おい伝兵衛、そもそもど
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