き売って山車の費用を出し合うのが江戸ッ子に生れた身の冥加《みょうが》。悔《くや》むどころか、これが自慢でしようがないので。
お祭が近づくと、産子町《うぶこまち》百六十余町は仕事に手がつかない。ようよう花見がすんだばかりというのに、毎夜さ寄合って馬鹿囃しの稽古やら練物の手段。踊屋台の一件、警固木挺《けいごきちょう》の番争いから、揃い衣裳の取極め、ああでもないこうでもないと、いい齢をした旦那衆までが血眼《ちまなこ》になって騒ぎたてる。
なかんずく、屋台へはいる師匠をきめる段になると、さすがに女のことだけあってこれがたやすくはおさまらない。狼連がそれぞれ双方に附いて、ぜひとも、うちの師匠をと、神輿ではないが、揉んで揉みぬく。この件ばかりで、いざこざが起ります。
贔屓《ひいき》すぎての喧嘩沙汰。頭を割られたの、片目になったのという物騒なもめごとが、毎年、一とつや二つはかならずおっぱじまるが、この年の騒ぎは大きかった。何ともいえぬ凄味のある事件で、これには、江戸中が竦《すく》みあがった。が、それは、後の話。
行列の道筋にあたる武家《ぶけ》町家《ちょうか》では、もう十三日から家の前に桟敷《
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