わないとおさまらないのだと見える。
年に一度のお祭だというのに、今まで家で何をしていたのか、頭から木屑《きくず》だらけになり、強い薬品で焼焦げになった古帷子《ふるかたびら》を前下りに着て、妙なふうに両手をブランブランさせながら、
「ねえ、伝兵衛さん、実に、わしは迷惑なんだ。何かあるたびに、ちょいと先生、ちょいと先生……。わしはお前さんのお雇いでもなければ追い廻しでもない。ひとがせっかく究理の実験をしているところを騙討《だましう》ちみたいに連れ出して、象の腹の中へ入って見てくれとは何事です。嫌だよ、断わるよ。こんなボテ張りの化物みたいなものの胎内潜りなんか、真ッ平ごめん蒙るよ」
伝兵衛の方は、すっかり心得たもので、決して先生に逆《さから》わない。
「ああ、そうですか。嫌なら嫌でようござんす。お忙しいところをこんなところへ引き出して申訳ありませんでした。……お詫びはいずれゆっくりいたしますが、あっしは気が急《せ》いておりますから、じゃ、これで……」
源内先生、狼狽《うろた》えて、
「まア、そう素気《すげ》ないことを言うな。お前はひと交際《づきあい》がわるくて困る。いったい、この象がど
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