世間じゃ、定太郎を馬鹿野郎だと言っています。馬鹿も馬鹿も大たわけ。……なるほど、相手はしがない清元の師匠。織元のお嬢さんとは比べものにはなりますまいが、人間の真情は金じゃ買われない。この世で、何が馬鹿だといって、人情を汲み取れねえ奴ぐらい馬鹿はありません……」
気が差したように、禿上った額をツルリと撫でて、
「こりゃアどうもくだらねえ無駄ッ話を……。尤も、定太郎のせいばかりじゃない。子供のときから親父のいいなり次第。張りのねえ男で、吝《しみ》ったれが盆栽を弄《いじ》るようにすっかり枝を矯《た》められてしまったせいなんでしょうが……」
「それほど嫌っていながら……」
「ええ、それというのは、里春が怖いからなんです。心の中じゃ身顫《みぶる》いの出るほど嫌ってるんだが、あまり素気《そっけ》なくすると許嫁《いいなずけ》のところへ暴れ込まれ、せっかく纏りかけた縁談をぶち毀《こわ》されないものでもないと思って、誘われれば嫌々ながら出かけて行くといったわけあいらしいんです」
火明りに映った顔
源内先生は、ぶつくさ。
内心は、それほど嫌でもなさそうなんだが、何かひと言い
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