うしたんだと」
「いいえ、別にどうもこうもありゃしません」
「そう突っ放すもんじゃない。だいぶ面白そうな話だったじゃないか。……それで、四人はたしかに里春の声を聞いたというんだな」
伝兵衛は、心の中《うち》で北叟笑《ほくそえ》みながら、さあらぬ体で、
「ええ、そうなんです。……練出すときはさほどでもなかったが、追々《おいおい》陽がのぼるにつれて、象の胎内は蒸《む》せっかえるような暑さになった。ひっくり返えられては困ると思って、師匠大丈夫か、と交るがわる声をかけると、里春は、その都度《つど》、あいよ、大丈夫。山王さまの氏子が、このくらいの暑さに萎《なえ》たとあっちゃ、江戸ッ子の顔にかかわる、なんて元気な返事をしたそうです」
源内先生は、怪訝そうな顔で、
「なに、誰が返事をしたんだって」
「誰がって、里春がでさア」
「こりゃちと面妖《めんよう》だな。わしの推察《みこみ》じゃ、里春は、練出さない前に殺されていたはずなんだが、死人が口をきくというのはどういうものだろう」
「源内先生、あなたはひどく見透したようなことを仰言《おっしゃ》いますが、今も言ったように、四人がちゃんと里春の声を……」
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