うだろうじゃないか。どう張抜いたって日本紙《にっぽんし》に糸瓜《へちま》。二刻前に殺されたものだとしたら、梨の木坂を降りるまで血が沁み出さねえことはねえはず。これから推すと、里春はお練りがはじまってしばらく経ってから象の中で殺されたんだ」
 目ッ吉は、ひッ、と息をひいて、
「もちゃげるわけじゃありません、こりゃア、どうも凄いお推察《みこみ》、恐れ入りました。……仰言《おっしゃ》る通り、如何にもそうでなくっちゃ筋が通らねえ。……が、それにしても、渡御《とぎょ》の道筋の両側に隙間なく桟敷を結って、何千という人目がある。しかも、真ッ昼間。あれだけの人目の中で外側《そと》から槍で突くにしろ刀で刺すにしろそんな芸当は出来そうもねえ。……だいいち、象の脇腹には突傷はおろか、下手《へた》に窪んだとこさえありゃしねえんです。仰言ることは如何にも納得しましたが、とすると、いったいどんな方法で殺ったものでしょう」
「さア、そこまでは俺にもわからねえ。いずれ、象の胎内に何かからくり[#「からくり」に傍点]があるのだと思うが……」
 と、言いながら、懐中《ふところ》から三椏紙《みつまたがみ》を横に綴じた捕物帖
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