振って、
「いやいや、ここを塗直したのは美濃清かも知れねえが、それだけのことで美濃清が里春を殺《や》ったと決めてかかるのはどうだろう。……この象は昨日の日暮れ方永田の馬場へ持って行って葭簀囲いにし、朝鮮人になる町内の若い者が二十人ばかり、象のまわりでチャルメラを吹くやら、鉄鼓《てっこ》を叩くやら、夜の明けるまで騒いでいた。いかな美濃清でも、あれだけの人数がいる中で人を殺し、その死体を象の中へ塗込めるなんてえ芸当は出来そうもない」
「それじゃ、いったい、どういうんです。菘庵先生の話じゃ、殺されてから二刻か二刻半という御検案ですが、そうだとなりゃアこれはまるっきり雲を掴むような話」
「さっき重右衛門が、いやに北叟笑《ほくそえ》んで駈け出して行ったが、たぶん、お前の推察《みこみ》とおなじに美濃清をしょッぴくつもりなんだろうが、俺の推察《みこみ》はすこしちがう」
「すると……」
「美濃清一人じゃ、この芸当は出来まいというのだ。……かならず、二人三人と同類がある」
「へえ」
「つもっても見ねえ、あの象は十四日の夕方まで伝馬町の火避地《ひよけち》に飾ってあったんだが、渡初《わたりぞ》めがはじまって
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