しょう」
 段通に双手《もろて》をかけて力任せに引き剥ぐと、ちょうど象の背中の稜《みね》からすこし下ったあたりに、ひとが一人はいるくらいの大きさに胡粉の色が変ったところがある。
 伝兵衛は、目ッ吉と眼を見合せてから梯子をのぼって色の変ったあたりへ掌《てのひら》をあて、眼を近づけてためつすがめつしていると、真上から照りつける陽《ひ》の光で胡粉の中に何かキラリと一筋光るものがある。指で摘んで見ると、それは頭髪《かみのけ》。
「おい、目ッ吉、ここに頭髪が一本|梳《す》きこまれているが、これア古い時代のもんじゃねえ、昨日今日のもの」
 目ッ吉は、含み笑いをして、
「ねえ、親方、それアたぶん美濃清《みのせい》の頭髪でしょう」
「どうしてそんなことが知れる」
「だって、こんな手際な仕事は素人には出来ません。……この通り、糸瓜《へちま》で形をつけ、胡粉で畝皺《うねじわ》までつくってある。……そればかりじゃない。下手な人間などはどんなことがあったって象の背中へなんぞへのぼらせない。ところで、美濃清なら、手直しとかなんとか言やア、大勢の見てる前で大っぴらにどんな芸当だって出来るんです」
 伝兵衛は、首を
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