象の腹の中にいた通りのかたちに横《よこた》える。
 朝の光で見ると、一段と美しい。透き通るような白い手を胸の傷口のあたりへそっとのせ、空へ眼を向けてホンノリと眼眸《まなざし》を霞ませている。着付でひと眼で知れる。堅気ではない。師匠か、お囲いもの。
 菰へ膝をついて、熱心に検証している菘庵へ、伝兵衛、
「先生、御検案は。……殺されてから、大体どのくらい時刻《とき》が経っておりましょう」
「何しろこの暑気《しょき》。それに、風の通さぬ張物の中。はっきりしたことは申しかねるが、まず、ざっと今から二刻《ふたとき》から二刻半《ふたときはん》ぐらいまでの間……」
「すると、大凡《おおよそ》、白むか白まぬかのころ」
「まずその見当。……が、いまも申した通り、こういう情況では、死体の腐敗が意外に早いかも知れぬから、きっぱりした断定は下されぬ」
 人垣のうしろから伸びあがって死体を覗き込んでいた、重右衛門、
「おッ、これは、清元里春《きよもとさとはる》……」
 と呟き、何か思い当ることがあったらしく、
「……なアるほど、そういうわけか。これで当りがついた」
 あとは聞えよがしの高声、
「飛んだお邪魔。な
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