しま》った顔つきになって、
「この粘り加減では、どうやら人血」
「うむ」
「仮に、体内で死んでいるのが犬猫なら、こうまで夥《おびただ》しい血の香はいたさぬはず。この葭簀へ入った途端、プンと血の香がいたしましたことから推しますと、象の腹中には相当多量の血が溜っているのだと思われます」
「ご尤も」
 小泉忠蔵は、引きとって、
「菘庵先生のお推察《みこみ》通り、もしこの象の中に人間が死んでおるのだとすれば、これは何とも奇ッ怪。何のためにかようなところへ死体などを塗込んだものであろう。……押問答をしている場合ではない。何はともあれ、早速、象の腹をあけて見ることにいたそう。……伝兵衛、なるったけ象を損じないようにして腹をあけて見ろ」
「ようございます」
 すぐそばが、外麹町《そとこうじまち》、や組の番屋。追廻しが三、四人飛び出して行って、竹梯子《たけはしご》に鳶口《とびぐち》、逆目鋸《さかめのこ》、龕燈提灯《がんどうぢょうちん》などを借りて戻ってくる。
 木枠といっても、桐に朴《ほう》の木をあしらったごく軽いもの。伝兵衛、梯子でのぼって行って象の左の脇腹からすこし上った辺を逆目鋸で挽《ひ》きはじ
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