引[#「下ツ引」はママ]、目ッぱの吉五郎、一名目ッ吉、御用医者の田沢菘庵《たざわじょうあん》、ほかに、追廻しが六人。物々しい出役。
 余談だが、神田権太夫というのは、後年、例の谷中延命院《やなかえんめいいん》の蓮花往生《れんげおうじょう》。尻の下へ鏡を敷いて蓮の花の中へはいり、下から槍で突かせて大見得を切ったあの名同心。目ッぱの吉五郎のほうは、享和《きょうわ》三年、同じく延命院の伏魔殿を突きとめ、悪僧|日潤《にちじゅん》を捕《と》って押えたお手先。これで、北番所《きた》の名題《なだい》どころが全部顔が揃ったわけ。
 神田権太夫は、葭簀《よしず》のそばに腕組みをして突っ立っている重右衛門《じゅうえもん》をジロリと尻目にかけ、ツカツカと象の胸先のほうに寄って行って、血の滲《にじ》み出している辺《あたり》をツクヅクと眺めていたが、そばに引添っていた菘庵のほうへ振りかえり、
「先生、嗅いただけでははっきりしたことは言えませんが、これは、人間の血じゃないでしょうか。犬猫の血なら、もうすこし毛臭《けくせ》えはず」
 菘庵は、指先で血を取って、指頭《しとう》で捻って小首をかしげていたが、急にひき緊《
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